1997年、第一子を妊娠した時、弟が入院していた関西の大学病院の小児科医に相談に行きました。
弟のカルテがまだ残っていて、やはりWASだったとはっきりしました。
お腹の子の性別ははっきりしていなかったのですが、もし男の子だった場合、そしてその時の医療の進歩によりWASを確定できて、まだ胎児のうちまたは誕生後すぐ治療が始められるならと思いましたが、まだそこまでの段階ではないとのことでした。
1998年に長女、2000年に二女が生まれました。
どちらも私のように血小板が少なかったら大変と誕生後すぐNICUに入り様子見になりました。
でも問題はありませんでした。
2005年に生まれた三女は低出生体重児だったのでもちろんNICUに入り、しかも食道閉鎖症だったので生後6日ほどで手術をし、遺伝子検査もやったのかな、主治医から「血小板も少ないのでWASの保因者かも」と言われました。
(食道閉鎖症は軽いものだったの術後完治)
長男はWASの前に、私の高血圧が原因で胎児発育遅滞になり、27週で帝王切開、超低出生体重児だったので、すぐ小児専門病院に運ばれました。