ホテルに着いて

チェックインを済ませ、

彼が荷物を置いて
冷蔵庫から
ビールを取り出した。

二人で缶のまま乾杯した。

「でさ、オレ、

思いついたんだけど。

逃避行。」

『え？なんですか？』

「逃避行だよ。

二人で日本を離れるんだ」

『えっ？いつですか？
何を言い出すんですか？
そんなこと出来るわけが
ないじゃないですか。
ご自身の立場も考えてください。
ゲームじゃないんですよ。
それにね、私だって…』

そう言っても
彼は自分のプランを話した。
アメリカのマップまで

持ち出して

ベッドの上に広げた。

「とにかく、いいから

ちょっとｵﾚの話し、

聞いてくれる？」

「この前行って下見も

してきたんだ。」

「ねぇ、あそこに行きたい？
ウィルシャー・ホテル。
そこに泊まってさ、
1階のティファニーで

君の好きなアクセサリーを

買って、それから

ロデオドライブで買い物して、

プリティー・ウーマン

好きだって

言ってただろ？
君は着飾ってさ。
オレはそれを眺める…
うん。いい景色だ。
でさ、
マリーナ・デル・レイの
ヨットハーバーで
まずコロナビールを飲むだろ、

それから

パロス・ベルデス半島へ

向かうんだ。

そこの海岸線で見る夕日は

すごいよ。

その辺りの丘の上がいいなぁ。
そこに家があるといい。

最近はビバリーヒルズより

高級なんだよ。
それともサンディエゴがいい？
メキシコでもいいなぁ。

メキシコのここの半島

知ってる？

ここ。カンクンとかさ、
この辺りは高級リゾート地に
なってるんだけど
こういう海の傍がいい。

そこで、大きな犬を飼ってさ。
毎朝、海岸線を歩くんだ・・

船をレンタルして釣りに

でかけるんだ。

でかいのが釣れるよ。
日本の魚ほどうまくないけどさ。
それから、友達呼んで

パーティーするだろ。

君は誰にでも好かれるから
すぐに馴染むんだ。

それからね・・」と、

延々話した。

そして・・彼は
タバコに火をつけて

「そうだね。君の言うとおり。
ゲームじゃないね。
わかってるよ。でも・・・

言ってみたかった。

オレの計画。

君が『うん』って言うなら
すべてを失ったって
構わないとまで思った…。」

『すいません。

生意気なこと・・・』

「そんなことないよ。
君がそう言ってくれる人で
よかったんだ・・。

現実を見ない男は、

逃避癖があるんだ。

二人で行ったからって、

君が幸せになる保証なんて

どこにもない。

オレだってなにもかも
失くすことになるんだから。

どんな生活になるかも

わからない。

ただオレは・・

君がいれば・・と。」

タバコの火を消して彼は

「お腹が空いたね」と笑った。

「めっちゃくちゃ喋ったね。
1時間以上？
ひとつのストーリーだね。
オレの勝手な妄想だ。

夢を見て、

現実に戻ってきた

気がするよ。

でも君は今、ココにいて、
オレたちは…
このままでいいの？

これからオレは

君と向き合って　

キチンと答えを

出さなきゃいけない。

君はまだ若くて未来がある。

だけど …もう少し君の時間を
オレに分けてほしいんだ。
勝手なのは

わかってるけど、

もうすこし…」

そう言って彼は

私を抱きしめた。

彼の腕と肩と背中のラインを
指で確かめながら

ここにいるのは

まぎれもなく本当に彼で、

彼の塊で、現実なんだと・・

それから二人で食事に出かけた。
懐石料理を食べた。
「最近ね。日本酒も
随分飲めるようになったんだよ」
と彼が得意げに言った。

『私もですよー』と

言いかえした。

『誰かさんのせいで、お酒、
強く強く、なりました。』

「オレ？(笑)」

いつもの二人に戻っていた。

少し歩こうと彼が言うので
夜の鴨川沿いを二人で歩いた。
どこまでも歩いた。

「この前寒かったのに

もう初夏だもんね。

ちょうどいいね。

鴨川・・」

『うん』
手を繋いで歩いた。

何度も立ち止まって
彼はこれからの
夢を話してくれた。

「今夜はよくしゃべるなぁ～」

なんて言いながら・

そして
「あっ、お土産とﾌﾟﾚｾﾞﾝﾄ
買ってきてたんだ。
また、舞い上がって、
すっかり忘れてた。
ｸﾘｽﾏｽの時と同じだ(笑)

馬鹿だよ。

逃避行の話ばっかしてさ。

ﾎﾃﾙに戻ったら渡すね」

私を見て優しく微笑んだ。

彼にはやるべき事が
まだまだ沢山ある・・　

私はこのままでは

いけないと思った・・。

私の存在が邪魔になる時が
きっとくる・・。

そう思いながら

彼の手を強く握った。

彼はなにもなかったかのように
ビートルズの
From Me To You を口ずさみ、

「このメロディ離れないなぁ～」

と笑った。

ホテルに戻りいつものように
ルームサービスでワインを頼んだ。

注文した白ワインは

とても冷えていて

最初の一口は最高の味がした。

そしてさっき
彼がベッドの上にぶちまけた
ロードマップや本を整理しながら
もう一度マップを見てみた。

彼と日本を離れて

暮らしていけたら・・

私の人生はどう変わるのだろう？
それが幸せなのか。

私は捨て去るものなど

なにもないけど、

彼が犠牲にするものは

あまりにも大きい。

一瞬の幻で人生を棒に

振ることになる。

私も大きな荷を背負って
生きてくことになる。

一瞬でも夢を見せて

もらったことに感謝して

すべて忘れてしまおう

なにも求めてはいけないんだ。
私なんか。

彼がシャワールームから

出てきたので

あわててそのマップを片づけた。

笑顔を作ってみた。

「ん？なに？」と彼は微笑んだ。

『ううん、なんでもない』と
笑ってみせた。

From me to you