連続しない小説棚
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マトモな男

そのセックスが気持ち良かったのかどうかは憶えていないのに、気づくと頬を伝っていた大粒の涙の温度と速度ははっきりと思い出せた。チャラ男はその表面的にハンサムな顔で「どうして泣いているの」と尋ねたが私はただ曖昧に瞼を閉じて、また、曖昧に開いて視線をそらす。大きな姿鏡に映る、裸の自分。思った以上に美しい曲線を横目に眺め、冷静にうっとりと惚れ惚れしていた時間が妙に穏やかでゆっくりであったことは、他に憶えていることの1つだ。好きな男を好きでいるためにチャラ男に抱かれた。なかなか先に進まない、もどかしいあの賢い男のスピードに痺れを切らしていた。なかなか着火しない湿った男に恋をしていた。全く紳士的な正解的な常識的な優しさのブーケをくれるあの男をそれでも愛し始めていた。いや、そういうマトモな男に包まれる自分に憧れていたのかもしれない。包まれ続ける自分に、なれたなら、よかったけど。兎に角、真っ当なあの賢い男は、私にゆっくりと、しっかりと、愛情を注いだ、ゆっくりと、3ヶ月。そしてそのまま消えて行った。何事もなかったかのように。私がどんな小石を投げてもその鉄扉を叩いてもその名前を叫んでも、愛情を失った紳士的対応以外のものが返ってくることはもう無かった。