サイド蓮

京子ちゃんが記憶を取り戻す事を決めてらか、俺と京子ちゃんはそれぞれのスケジュールで動き始めた。俺には社さん、京子ちゃんにはセバスチャンがマネージャーとして付いて、それぞれに事故以前の生活に戻るようななりゆきになった。ただ、ゲストハウスでの生活は続き、夜には京子ちゃんの姿を見、話をする事が出来た。それが俺にとってどれ程の救いになっていたかは計り知れない。
社長の計らいで仕事は相変わらず控えめにしていたので、毎晩俺は京子ちゃんと会う事が出来た。京子ちゃんが作る食事はとても美味しい。二人でテーブルを囲んで、その日一日の出来事や仕事の話をするのはとても楽しかった。

だが、その時間が俺には段々と辛いものへと変わって行った。それは京子ちゃんが記憶を取り戻す作業を始めてからだ。京子ちゃんは必死に記憶を取り戻そうとしている。その健気さに感動さえ覚えるが、俺が怖くて出来ずにいる事をあっさりやり始めてしまうその勇気と強さに嫉妬を覚えた。そしてその無防備さに怒りさえ沸いてくる。俺が彼女に抱く負の色々な感情が彼女のせいではないと解っていながら、それを禁じ得ない俺がいるのも事実で、俺はどんどんと闇の中に沈んで行くのを感じていた。しかし、京子ちゃんの前ではそんなみっともない自分をさらけ出す事など絶対に出来ない。彼女の前では『いい人』でいたいと思って、そして演じている。なぜそんな事をするのか、ただひたすらに京子ちゃんに嫌われたくない、見捨てられたくない一心で俺はフェミニスト敦賀蓮を演じつづけている。

俺は必死だった。必死で『敦賀蓮』の仮面を24時間被り続けた。俺の中で沸き上がる負の感情を抑えて誤魔化して、京子ちゃんにとっていい先輩、いい相棒であることを切に願って、毎日神経をすり減らしながら時間を過ごしている。

どうしてこんなに苦しいのか、どうしてこんなに辛いのか…。俺はどんどん闇の中に堕ちていきながら京子ちゃんという光を求め、その光に近づくだけで眩しさに焼かれて見失う。その繰り返しの中で、俺は酷く荒んでいった。

そして、気がついたら、彼女と少しずつ距離をとり、京子ちゃんを避けるようになってしまった。一緒にいる空気すら俺には重く感じられた。悪いことをしているのは俺だと解っていた。こんなことではいけないと自分に言い聞かせようとしたけれど全くうまくいかなかった。俺はきっと京子ちゃんに辛く当たってしまったと思う。京子ちゃんをがどんな気持ちで自分と向き合っているのか、そんな大事なことに目を向けるゆとりさえなく、俺は俺を保つために彼女を拒絶する事しかできなかった。だから彼女の変化にさえ気づけなかった。俺の愚かさが京子ちゃんをおいつめてしまった。