サイドキョーコ

目覚めて最初、何がなんだか解らなくて凄く怖かった。中途半端な目覚めは私の恐怖をこれ以上ないというほどに煽ってくれた。でも、目を開けた時に一番に目に飛び込んできたのは綺麗な妖精の王子様。その刹那、不安や怖さ、色んなものが霧散した。

自分の名前が解らないというのは何とも不確かなものだ。周りの皆さんが京子さんと呼ぶから私は多分『京子』なんだろうと朧気に考えた。一緒にいてくれる『敦賀さん』は凄く優しくて素敵な人。今はもう妖精かもなんて思いはしないけど、本当に素敵。そんな『敦賀さん』がこんな私に優しくて親切にしてくれるのが凄くくすぐったい。

社長さんに『演じろ』と言われて京子を演じるのはとても楽だった。設定がしっかりしているとあまり難しく考えなくてもいいから。『京子ならどうする?』『京子ならどう言う?』そう問いかければ私は驚くほどスムーズに動く事ができた。最初と比べて京子ならと考える回数もどんどん少なくなってきている。このまま私は『京子』同化する事ができるんじゃないかと思うくらいに『京子』が板についてきたと自分では感じている。
でも違う。この『京子』は過去の『京子』で、決して今を生きていない。『私が京子』を演じるのではなくて、私が『京子』であるべきなんだと、最近思うようになってきた。
『京子』である時は勿論だけれど、『京子』を演じていない時も眠くなるし、お腹も空く。喜怒哀楽だってしっかりある。これが私だから。私が『京子』に同化する為には、過去の『京子』を受け入れて、今を未来に向かって進む勇気が必要だと思う。無理に失った記憶と向き合う必要はないのかも知れない。そんなふうに自分に鞭打つような事をしなくても生活は出来ているし、あまり不自由を感じたりはしない。けれど、このヶ月の間に出会った人たちは『京子』を大切にしてくれている。『京子』も皆さんを大切に思っていたに違いない。その気持ちすら忘れたままこれからを歩く事は私には難しい。
怖い。恐ろしい。壊れてしまうかもしれない。でも、乗り越えないと道は開けない。

私は、ここに来てやっと決心する事が出来た。頑張らなければ、頑張れる気がする。私の周りにいてくれる皆さん、モー子さん、マリアちゃん、社長さん、社さん、だるま屋さんのご夫婦…、この短い間に出会った人達はみんな私に優しくしてくれた。そして誰より、大好きな敦賀さんが傍にいてくれる事が私には心強い。