蓮は急性虫垂炎の手術というとても辛い経験をした。手術自体は眠らされている間に終わるが、麻酔から醒めてからのの24時間くらいはとても大変だった。傷の痛みと虫垂を切除した部分の痛み。それに加えて体勢が全く変えられないために体のあらゆる関節が軋む痛み。そして若干の床擦れ…。およそ敦賀蓮には起こり得ないだろうと思われる痛みが一度に彼を襲った。痛み止めと抗生物質を投与しながらの痛みとの戦いの1日を経験して迎えた朝。蓮の1日は愛しい少女の寝顔から始まった。

痛み止めは点滴から頓服薬に変わり、自力でトイレに行く事を指示され、電動ベッドのギャッジアッブを駆使してなんとか寝返りを打って起き上がれるようになっていく。そんな蓮をキョーコは『這えば立て、立てば歩けの親心』で見守り、あまり痛いと口にしない蓮に『背中さすりましょうか?』『肩の下にマット入れて半身にしますよ?』『フットポンプ一回外しますから軽く足を曲げ伸ばししてみて下さいね?』などと甲斐甲斐しく世話を焼く。蓮は蓮でキョーコに言われるまま、されるがままだ。術後二日目の夕方部屋に入った看護師が見た光景は掛け毛布でうまく抱き枕を作り、横向きになっても腹部のあまり負担がかからないように蓮を横向きに寝かせた状態でキョーコが蓮の背中を拭いているというものだった。片や術後間もない病人、もう一方は丸二日殆ど寝ずに着いて看病しているという二人でありながら、目撃してしまった不運な看護師はこの世の幸せ二人占めといった雰囲気に当てられ部屋の入口で目眩でうずくまってしまった。そしてその看護師は後日『あの人がナースステーションから一番遠くにある個室に入院してくれていて本当によかった。あんなのがナースステーションの前とか隣とか、大部屋にいたら私無理、絶対に無理だから!』と涙ながらに看護師長に訴えていたという噂はかなり信憑性が高い。これはさすがに敦賀蓮の介護に京子が着くのだ。人目については困るという事務所側からの要望がすんなり通った事に起因する。また、彼女はこう付け加える。『敦賀さんに着いていた彼女には本当に驚かされます。敦賀さんって私達が二人がかりでも動かすのが大変なサイズなのに、あまりにも軽々と手際よく、それに敦賀さんに出来るだけ負担がかからないように巧く寝返らせたり、マットの当て方も凄く絶妙で…。私達ももっと親身に関わらなくちゃって痛感しました!』
京子だと気づかれてない辺りがやはりキョーコだ。