キョーコは蓮と二人、東京の下町を歩いていた。社長に、だるま屋ご夫妻に会いたい旨を伝えると二つ返事で許可が出た。もっと渋られるかと思っていたので若干拍子抜けはしたが、それよりも嬉しさの方が先立った。
店の前まで車で送らせようかとのローリーの提案を断り、だるま屋からの最寄り駅前で二人は車を降りた。敦賀蓮と京子である事がばれないように変装は忘れない。簡単な地図を片手に二人は並んで歩き出した。

「なんとなくでもいい、見覚えのある所とか懐かしい感じがあったら教えてね?」と優しく告げる蓮にキョーコは曖昧に笑って見せる。蓮自身の記憶も戻っていないのに自分の記憶の手掛かりを一緒に辿ってくれる蓮の優しさに甘えながら申し訳ない気持ちも拭えない。そんな複雑な表情で見上げてしまったので、連は少し照れたように視線をそらして「俺の事は心配しないで。それより、キョーコちゃんの事を沢山知りたいんだ。今の俺にはその方が大事だからっ!」と呟いた。
その言葉にキョーコの頬が赤くなる。蓮はそんなキョーコの頭をポンポンと撫でて「さあ、行こうか?」と先を促す。キョーコはそんな蓮の気遣いが嬉しくて「はいっ!」と弾む返事と共に前へ進む。

程なく『だるま屋』が見えてきた。和風のどっしりした店構えに感心してしまった。

キョーコは店の入口前で立ち止まり、何度も深呼吸をする。一歩進もうとするがなかなか進めずに前を向いたり上を向いたりしていた。
何度めかの深呼吸をした時だった。
「娘が家に入るのになにをいつまでもぐたぐだしてるんだっ!」と店の中から怒鳴り声が飛んできた。
キョーコは一瞬びくっとして固まってしまい。

「あんたっ!そんな言い方したらキョーコちゃんが驚くじゃないか。嫌われちまったらどうするんだい?」
今度は穏やかで優しい女性の声が響く。
「キョーコちゃん、怖がらないで入っておいで。後ろの大きなお兄さんもとっとと入ってきてくれないかい、あんた目立ちすぎるんだから。」

その優しいが容赦のない物言いに連もキョーコも呆気にとられてしまった。お互いの顔を見合わせるとなんとも間抜けな顔がそこにあって、思わず失笑してしまう。
「いいから早く入ってこいっ!」と男性の怒鳴り声。
「「はいっ!」」と歯切れのいい返事を返して店の引き戸を勢いよく開いて中に入った。入口近くでにこやかに迎えてくれる女性とカウンターの中でそっぽを向いている男性。男性の頬は少し赤く見えた。