夜の街に車は滑り込む。耳障りにならない程度にかかっているラジオは色んな曲を流していた。キョーコはすっぽりと収まる助手席で蓮の顔をチラチラと見ている。蓮はそれに気づきながらもどう声をかけていいのか解らない。なんだかぎこちなさだけが独り歩きする。

車は赤信号で止まった。蓮は思い切って聞いてみる。
「何かリクエストはない?」
キョーコは下を向いてしまった。まだ早い時間といいながら、実は何も考えてなかった事を蓮に知られたら呆れられるんじゃないかときがきではない。
「何かない?」
蓮の優しくて穏やかな声が社内に響く。
「…、あの、んと…」
「ん?遠慮しないで言ってくれたらうれしいな?」
「…はい。」
車窓に視線を移したキョーコ。その目にコンビニの看板が入ってきた。
「あの、喉乾きませんか?」

そういえば蓮も緊張しているせいか喉が乾いていた。
「あの、コンビニでジュース買ってきます。停めていただけますか?」
「うん、もちろん。」
そのまま車は見えてきたコンビニの駐車場に入り、キョーコは一緒に店に入ろうとする蓮を制止して小走りでコンビニに入っていった。蓮はそんなキョーコの後ろ姿を眺めながら苦笑を漏らす。キョーコの仕草一つひとつに可愛いと思ってしまう。でも、最初の一歩が踏み出せない。『しっかりしろ、俺っ!』と自分を叱咤するが、可愛いと思うほどに、愛しいと思うほどになかなか進めなくなる。恋とは恐ろしい病気。人を臆病にさえしてしまう。
の人の一挙手一踏足に翻弄されて、それでもただ一人だけを求める心。蓮はこの気持ちに気付いてからどんどん深みに嵌まっている。もう身動き出来ないほどにキョーコだけを思ってしまっている。

キョーコがコンビニから出てきて、当たり前のように助手席のドアを開けて乗り込んできた。そんな事だけでウキウキと心を弾ませてしまう蓮。そんな蓮には気付かずにキョーコはカシャカシャと音をたてる袋から缶のブラックコーヒーを蓮に手渡す。
「ありがとう」とそれを受け取ってプルトップを開けて一口含む。すると苦味の中に、キョーコが選んでくれたという甘さが混じる。

キョーコはアップルティを選んだ。ペットボトルの蓋をあけて一口のんで「ふぅ」と小さく息をつく。

「特にリクエストがないならブラブラドライブしようか?」
そんな提案にキョーコは小さく頷いた。車はまた夜の街に滑り込んでいく。