「私、敦賀さんがiPoneを使ってるって知りませんでした。」
到着したレストランで奥にある個室に案内された二人はテーブルを挟んで席についた。オーダーを済ませてからキョーコが最初に発したのはこの台詞。
「そうだっけ?これは私物なんだよ。この電話で電話をかけたのは最上さんが最初だよ?」
蓮はiPoneを持ったままそう話す。流石に連絡先にキョーコの登録しかない事は言えないだろう。
「えっ?あのお電話ですかっ!あ、あ、あの時は本当にすいませんでした。」
キョーコは先日の通話ぶったぎりの悪行を思い出してしゅんと下を向く。
「気にしてないよ。面白かったし。」
「もぉ、敦賀さんはいつもそんなふうに…。私をからかって楽しんでるんでしょ?」
「そんな事ないよ。君の事だから『鶴賀です』で解ってくれると思ったんだ。聞き返された時もわざとだと思ったんだよ。」「ご期待に添えなくてすみません…。」
「あはは。でも、今日の彼女は期待以上だったよ?」
「ほ、本当ですかっ?!」
「うん。いつの間にあんな演技を身につけたんだい?」
「えっと、それは…。」
素の私が貴方を想う気持ちそのままにそこにいたなんて言えるはずのないキョーコは口ごもる。
「なんだか悔しいな。もしもプライベートの君にそんな顔をさせる奴がいるのなら…。」
「あの、私はラブミー部ですよ?そんな相手がいるはずないじゃないですか!」
「そうだね。じゃあ、まだ安心していていいのかな?」
「安心って…。」
蓮はちょっと困った顔のキョーコを眺めてクスクス笑っている。キョーコはそんな蓮の態度にムッとして、「私はまだまだお子様ですから」と唇を尖らせる。蓮はそんなキョーコの表情にまた笑い出す。
「もうっ、敦賀さんは意地悪ですっ!」と今度はそっぽを向くキョーコ。
「ごめんごめん、君は表情がころころ変わって楽しいからつい…。それにどの顔も可愛いよ。」
「今度はなんなんですかっ!そんな事を軽々しく言って…、私じゃなきゃ、勘違いし…ちゃうじゃ、ない、で…すか…」語気は段々弱くなり、最後は今にも消え入りそうなくらいの声。少しずつ俯いてしまったキョーコを蓮は愛しそうに見ていた。
…少しの沈黙…
「最上さんは、勘違いしてくれないの?」

まるで独り言のような、それでいて明確な意図を持った蓮の言葉は直接キョーコの心に響いた。