撮影中****

みのるは「ノックアウト食らいました!」とベッドに突っ伏していた上野の姿を思い出していた。振られて尚まゆみを好きになったという上野。「俺は動いた。結果は散々だったけど後悔はない。さぁ、お前はどうする?」そんな言葉を出せる上野が頼もしくて憎らしい。
「俺はどうしたいんだ?」洗面台の鏡に映る自分に問いかけても返事は返ってこない。どうしようもなく情けない顔で自分を見ている鏡の中の自分を軽く小突いてため息をつく。冷たい水でバシャバシャと粗っぽく顔を洗ってタオルでゴシゴシ擦る。使ったタオルを洗濯物入れに投げ入れてみのるは洗面所を出た。

まゆみは困惑していた。上野からの突然の告白はまゆみの心を大きく揺さぶっていた。上野に兄や父の理想を重ねていたまゆみ。だが、上野にとってまゆみは女性なんだと言われて困惑していた。自分が『みのるしか見ていない』と言われて初めてその事に意識を向けた。
「上野君には素直にお兄ちゃんって言えちゃうんだけど、佐伯くんには…。」
みのるの事を思い返す。本を読む姿、車を運転している横顔、向い合わせで食事をしている時の表情、知り合ってからほんの短い期間。だが当たり前のように近くに居る存在。時たま物言いたげな視線を受けて戸惑う自分にまゆみも気づき始めていた事を自覚する。「これが…人を好きになるって事…なのかな?」一人の部屋で溢れた呟きはほんの小さな声だったはずなのに思いの外自分の耳に届く。自分の恋心を意識した瞬間、まゆみは絶望を味わうしかない。
実の母に背を向けられた自分を思えばこの想いがみのるに届くとは到底思えない。恋心を自覚した瞬間に失恋確定なのだと感じる。それに…。
「私には選ぶ権利なんてないのよ。」と呟いてベッドに身を投げ出す。見慣れた天井を見つめて考える。昨夜の養父の表情。養父はあまり強くは言わなかったがまゆみがお見合いをして、相手に嫁ぐ事を願っている。養母はまゆみを養護してくれていたが、高橋家の為には養父の提案が最善なのだろう事はまゆみにもよく解る。今まで両養親の言うがままに全てを受け入れて来た。今までずっとそうしてきたし、これからもそうやって生きていくのだと思っていた。養父が喜んでくれるから、養母が笑ってくれるから、まゆみはいつも両養親の期待に応えてきた。だが、今、どうしても養父にとって色好い返事が出来そうにない。そんな自分を恩知らずの親不孝だと想う。頬を伝うのは涙だった。