蓮のその言葉に社もセバスチャンも反論はしなかった。未だに驚いてぼんやりするキョーコの手を引いて、蓮はドリンクコーナーに向かう。
蓮は手早く自分と社達のミネラルウォーターを手に取り、まだ飲み物を選びかねているキョーコに声をかける。
「決まった?」「いえ、あの…」まだ悩んでいる。棚を見れば直ぐに飛び込んでくるのは『限定』の二文字。『季節限定』『当地限定』と、『限定』をアピールするラベルにかなり悩んでいるようだ。
「クスクス、キョーコちゃんはやっぱり『限定』が好きだね?」「だって、『限定』ですよ。今しか、とか、ここでしかって言われると…」「クスクス、なら全部買えばいいじゃないか?」「そんなに飲めません。それに勿体無いでしょ?」「勿体無いって…」「どうせ私は庶民ですからっ!」「そんな事言ってると『限定』が逃げちゃうよ?」「そんなぁ、それは困ります…」
蓮は不思議に思った。口を尖らせて眉をハの字に下げたその顔に、蓮は見覚えがあった。以前にどこかでこんな会話を交わしたような気がする。
「もぉっ!敦賀さんはそんなふうにいつも意地悪なんですからっ!」少し拗ねた表情でそっぽを向くキョーコ。キョーコ自身、この仕草に覚えがあって少し戸惑い始める。
「意地悪なんてしてないよ。じゃぁ、こうしよう。」と蓮はかご手に取り、自身が持っていたミネラルウォーターを入れ、もう一本追加でいれる。そしてキョーコが悩んでいる『限定』さんを四種類、一本ずつ篭にいれる。
「そんなに沢山どうするんですか?」と不思議そうに聞くキョーコに「勿論買うの。」と笑いながらレジに向かう。
「すいません、紙コップありますか?」とレジ係に聞き、出されたそれも一緒に購入する。
「なんでそんなに沢山買うんですか?!」と抗議するキョーコに「味見すればいいじゃないか。幸い今日は四人だし、前より沢山の味が試せる…、っえっ?」「前より…」キョーコもその蓮の言葉に反応した。『前』とはいつの事なのだろう。二人とも一瞬固まり、はっと我に帰る。よく解らないがこの記憶を二人は共有しているらしい。二人はそれぞれ思う。記憶を失う以前、二人が確かに一緒にいたのだろうと。そして、今とあまり変わらない楽しい会話もあったのだと。その事実に二人の心はほんわりと暖かくなっていった。そして甘ったるい視線で見つめあう二人。
「お客様、1520円になります。」
二人は現実に引き戻された。