撮影中****

学内の広場、木陰のベンチで文庫本を読むまゆみはいつもより物憂げな表情をしている。みのるはまゆみに気付いて近づきながら声をかけるが、まゆみはまだ気づかない。
みのるは仕方なくまゆみの隣に腰を下ろし、まゆみの横顔を眺めていた。そして、下に落とされたまゆみの視線が活字を追っていない事に気づく。
「高橋さん、どうしたの?」と声をかけてもまゆみはまだ気づかない。みのるは気付いて欲しくてまゆみの手から文庫本を取り上げた。まゆみは驚いて本の行方を視線で辿り、みのると出会う。
「…、佐伯くんか、驚かさないで。」そういうと折角合った目をそらしてまた俯いてしまった。
「なんだよ、元気ないじゃないか?」みのるはまゆみから取り上げた文庫本をぱたぱた振りながら笑顔で聞いてみる。「そうでもないわ」とそっけない返事しか返ってこない。みのるは小さくため息をついて下を向いてしまったまゆみに話しかける。
「昼御飯はもう食べたのかな?俺、まだなんだ。昼から講義ないからのんびりでね。高橋さんは?」「そういえばまだだったわ…」「なら、食べに行こうか。昼から講義あるの?」「いえ、今日は休講になったの。それでぼんやりしてたんだけどね。」「なら決まりだね。」
みのるはすっと立ち上がると少し驚いて見上げてくるまゆみの手を掴んで歩き始める。まゆみは引っ張られて小さな悲鳴をあげたがなんとか転ばずにみのるの後をついてくる。「佐伯くん、一人で歩けるから離して?」「だめ、この手を離したら高橋さんが逃げちゃいそうだから離さない。」振り返ってそういうみのるは和らかい笑顔を浮かべているが目の奥は真剣な光を宿していた。みのるの手はとても温かくて掴まれていても嫌な気分はしなかった。ただ、掴まれていても部分から熱が身体中に伝わって行くような感覚になる。手元を見れば二人の手がしっかり繋がれているのがはっきり視界に入ってしまい、まゆみの頬に朱がさした。その事に気付かれまいとまゆみはまた下を向いてしまう。みのるはそんな事にはお構い無しといった感じでずんずんまゆみを引っ張って進んでいく。まゆみは何も言えなくなって、ただみのるについてキャンパスをあとにした。
今まで誰にされても嫌悪しか抱かなかった強引な連れ出し方も嫌だとは思わなかった。ずんずん前にすすむみのるの背中を見て頼もしい思えてしまう。まゆみはそんな自分が信じられずに、みのるに解らないように小さなため息と苦笑を溢した。