サイド蓮

撮影を終えてゲストハウスに帰ってきた。それぞれに着替えを済ませて遅めの夕食を摂る。会話の内容は他愛もない話。今日の瑠璃子ちゃんは迫力があって頼もしかったと笑うキョーコちゃんは本当に可愛い。
食事を済ませて二人で後片付けをした。そして俺はシャワーを浴びる為に共用スペースのバスルームに向かった。今日一日の事を振り返ると本当に色々あって目まぐるしい一日だった。シャワーを済ませてバスルームを出て、キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターをとってリビングに入るとキョーコちゃんのいる気配がした。
「キョーコちゃん、起きてたの?」と声をかけても反応が返ってこない。ソファに座ったまま眠っているのかも知れないと思い、足音をたてないように近づく。と、台本を持ったまま座っているキョーコちゃんの背中があった。「キョーコちゃん、どうしたの?」ともう一度声をかけたが反応がない。そんなキョーコちゃんの雰囲気を訝しく思いながらキョーコちゃんの隣に腰かけて顔を覗き込むと、ハラハラと涙を流すばかりの大きな瞳に出会う。俺はハッとしてもう一度彼女の顔を覗き込んだ。彼女は声も出さずに大粒の涙を流して静かに泣いていた。俺は思わず彼女の手から台本を取り上げ、彼女を腕の中に抱き込んでしまった。それまで声を殺してただ涙を流すだけだった彼女は俺の腕の中で声を出して子供のように泣きじゃくった。俺はただ何も言えずに彼女の髪を鋤きながら落ち着くのを待った。一頻り泣いて落ち着いてきた彼女にそっと囁く。「泣きすぎて消えちゃうかと思って心配で、離れられなかったよ。一人で泣かないで。泣きたい時はここで、俺の腕で気が済むまで泣いていいから。」
止まったはずの涙がまた彼女の頬を濡らす。俺はやはり優しく抱き締めてあげる事しか出来ない。こんな時の男はなんと非力な生き物だろうと、自分の無能さを呪う。
さっき彼女の手から取り上げた台本の開かれたページを見るとまゆみの生い立ちを振り返るくだりだった。キョーコちゃんはまゆみの不遇な境遇に同情して泣いていたのだろうか…。それとも、俺がみのるを演じて感じてしまうものと同じようなモノをキョーコちゃんもまゆみに感じているのだろうか…。
今はただキョーコちゃんの涙が止まるまでこうやって隣にいる。それが今の俺に出来るただ一つの事で、この役だけは誰にも譲らないと、俺は一人心に誓った。