撮影が想定よりかなり速く進んでいた事と時間的にも頃合いという事で二時間ほど昼休みを取る事になった。軽く何か食べに行こうとの社からの提案に涙も落ち着いたキョーコは「では化粧室へ行ってきます。すぐに戻りますから」と蓮の楽屋を出た。化粧室と言われてセバスチャンはさすがに付いていかずにそこに残る事にした。

化粧室は蓮の楽屋から直ぐのところにあった。用をすませ、軽く化粧を整えて戻ろうとした時、数人の女性が入れ違いに入ってきたのだが、キョーコを取り囲む形で立ちはだかる。
「あの…、通していただけませんか?」キョーコは申し訳なさそうに言葉をかけるがそれは聞き入れられないようだ。
「なんなのあんた?」「敦賀さんに甘えちゃってさぁ!」「たまたま一緒にいて事故にあったからって特別な訳じゃないでしょ?」「さっきだって何よ、構って欲しくて泣き真似?」「あんたみたいな地味な女、蓮ほどの男性が相手にする訳ないじゃない(笑)」「分を弁えてもらえないかなぁ?」
矢継ぎ早に投げ付けられる言葉にキョーコはジリジリと後退り壁際に追い詰められる。
「ちょっと、何か言いなさいよっ?」「何様のつもりなの?」女優の一人がキョーコの肩を掴んで押す。キョーコはその勢いで壁に背中をぶつける形になり、背中に痛みを感じる。そして別の女優が嫌な笑いを浮かべて小さな石のついた指輪をはめた手をすっとキョーコの目の前にかざして告げる。「これでその地味な顔を殴ったらどうなるかしら?」「それいぃんじゃない?敦賀さんの傍にもいられなくなるだろうし?」「目障りなのが居なくなったらいいものねぇ。」クスクスと笑う女優達にキョーコはそこはかとない恐怖を感じ、身体を縮こませる。女優がキョーコの目の前にかざして手を振り上げた時だった。化粧室奥の個室から水の流れる音がして皆はっと動きを止める。個室の戸が開く音がして不機嫌顔の女性が出てきた。
「ちょっとハイエナ部員、さっさと仕事に戻りなさいっ!」
キョーコは思わず条件反射的に返事をしてしまった。