『敦賀くん、京子さん、入ります!』

ADが二人のスタジオ入りを宣言する。蓮と社、キョーコとセバスチャンが並んでスタジオ入りする。スタジオ内では主役の登場に小さなどよめきが起こる。蓮には羨望の、キョーコには突き刺すような眼差しが注がれている。キョーコはその視線を痛いと感じている。昨日の記者会見の事がリアルに思い出されてしまうのだ。
隣を歩くセバスチャンがそれとなく声をかける。「京子様、顔が固まっていますよ。」「えっ?ご、ごめんなさいっ。…でも…」キョーコは今にもしゃがみこんでしまいそんな自分を保つのに必死だった。セバスチャンが距離を縮めてキョーコを支えるように歩く。「大丈夫ですよ。」と耳元で囁けばキョーコの肩がビクッと跳ねて、「ありがとうございます。」とキョーコはぎこちない笑顔を作った。
自分達の後ろを歩く二人の、見なくても想像できる光景が蓮を苛立たせる。その役目は俺のものだ。本当なら俺が彼女の隣を歩くはずなのに、どうして今そうではないのかと苛立ちを隠す事ができない。「蓮、顔」と社に声をかけられて我に返る。今は温厚紳士の敦賀蓮を演じなくてはいけない事を思い出す。「すいません」と小さく謝ると敦賀蓮の顔を貼り付け直す。心中穏やかではないが、そうする事が今の蓮の最大の仕事だ。
まずは監督に挨拶に行く。事故のせいで二人の合流が一週間遅れてしまった事を謝罪すると「その分二人ともいい演技を頼むよ。」と笑顔を返された。「「勿論です。精一杯頑張ります!」」と応えてその場を離れる。
監督の名は新開誠士。キョーコのデビュー前にひょんな事で秘められた才能を知り、いち早く惚れた男だ。キョーコが自分の前でどう成長していくのか、とんな演技を見せてくれるのか、それが確かめたくてこのドラマのオファーを出した。それだけに蓮に対してよりもキョーコに対しての期待値が高い。だが、新開は二人のクランクイン前に宝田から今の二人の事情を秘密理に伝えられている。新開がそれを知るという事実も宝田以外は誰も知らない。
新開は自分の元を離れてスタジオを隅の方に向かう訳者二人の背中に語りかける。「さぁ、本番はこれからだよ、お二人さん。」