サイド蓮

社長は演じろと言った。敦賀蓮を演じる。それは俺が記憶を失う前からしていた事なのだと…。カラコンの下から現れた碧眼は俺を動揺させるには充分過ぎた。その上で社長は続ける。この事実を知るのは俺と社長と、社長の隣でニコニコ笑っている女性、テンさんだけなのだと。京子さんや社さんにも知られてはいけないのだと。俺はいったいどんな人生を生きてきたんだ。本当の姿を隠して周りの近しい人達まで騙したままで、一体何がしたかったのか、なんの為にそうしていたのか…。その疑問には社長は堪えてはくれなかった。この謎は俺自身が手放した記憶を取り戻して受け入れない限り謎のままなのだと。いったい俺がなくしてしまった過去に何があるというのか。解らない事だらけだ。
訳知り顔でそこにいる社長に正直いい気はしない。俺の事なのに俺よりも俺自身を知り、理解しているのが目の前に座る社長だ。あなた、俺のこの状況を楽しんで遊んでいるんじゃないですか?そう訪ねたらどんな返事が返ってくるのか大体は予想できてしまう。だから、この人を出来るだけ楽しませないように、詰まらないと思われる為にも平静を装う。あくまでポーカーフェイス、温厚紳士。それが敦賀蓮の基本というならばそれを演じる事が今の俺の仕事だ。
『やっぱりつまんねぇやつだな、お前は』ため息混じりにそう言われても、今の俺には人を楽しませるだけのゆとりもその気もない。というか、あなたを楽しませたくはない。
「社長、いい加減俺で遊ぶの止めてもらえませんか!?」
「ばか野郎。こんな滅多にない面白い状況、楽しまないなんて勿体無いだろうっ!」
「そんな、人を娯楽みたいに…」
はぁ、でも、なぜかこの人には敵う気がしない。ここは諦めてこの人の言いなりになるしかないのか…。
「お前、そんな事じゃあっさり最上くんに置いてかれるぞ。」
「…っ!」
なんで今ここで彼女の名前が…。だが、『彼女に置いていかれる』という言葉が頭の中でリフレインし始めて止められない。…嫌だ、…怖い、…嫌だ、…助けて

「蓮っ!」
社長の大きな声にハッとして我に返る。目の前には真顔の社長と心配そうに俺を見るテンさん。
「えっ?俺は…何を」

びっくりしたわよ蓮ちゃん。話の途中でいきなり固まっちゃうんだもの。ダーリンが何度か声をかけたのに脱け殻だったわよ。よかった、戻ってきてくれて…。」

「お前、重症だな?」

俺も重症を自覚した。