「さっき、応接間で社長を待ってる時に…。」

キョーコは話しにくそうにしている。奏江はテーブルに頬杖を付いて先を促す。

「敦賀さんにからかわれてたんだけど、『君は子供だな』って言われて…。」

「あんたまさか、それでパニック起こした訳?」奏江は出てしまった思いの外大きな声に自分でも驚いた。

「…だって…」
「うん?」
「私、記憶がなくなってからずっと怖くて、なんにもできなくて…。一昨日から私に出来た事といえば、泣く事と怯える事くらいなんたもの…。」

いや、普通そうだろうっ奏江は思う。

「なのにさ、敦賀さんったらお医者様とのお話や検査の事とか、何でもてきぱきやっちゃうの。それに私の事もかなり気遣ってくれて…。」

あぁ、あのへたれ俳優ならやりそうだと奏江は納得する。

「大人ってこういう人の事ををいうんだって思ったの。優しくて親切で仕草もスマートで、非の打ち所がないでしょ?」

「はぁ…」奏江は小さくため息を吐いて「そりゃ、大人に見えるわよね、一般的には。」と溢す。

「えっ?」とキョーコは顔をあげる。「『一般的には』って…、多分充分大人なんでしょ、敦賀さん?」
「まぁそうなんだけどね。でも、あの人は顔だけへたれ俳優よ…。で、それでなんでパニックになるわけ?」
「…うん、敦賀さんって格好いいでしょ、凄く綺麗だし。あんな人に優しくされて、ずっと頼りっぱなしで私、自分でも全然子供だなぁって思ってたの。だから、その事をズバッと指摘されて、住む世界が違うって言われたような気がして…」
キョーコの目に涙が浮かぶ。
「でも、反論出来る訳でもないでしょ。本当に私は何も出来なくて、敦賀さんの足手まといにしかならない。なのに、そんな私にも敦賀さんは親切で優しくて、私が怖がったら全力で守ってくれて…」
そこまでいうと溢れた涙が頬を伝って流れ落ちる。そのままキョーコは話さなくなって、声を殺して泣く嗚咽だけがリビングに響く。

「あんたはそれでいいのよ。色んな人に甘やかされて、優しくされて、親切にしてもらって、守ってもらえばいいの。どれ程の事をしてもらってもあんたの失った物を埋める事はできないんだから。敦賀さんはねぇ、あんたに構う事で自分の恐怖から目を逸らしてるの。つまりは、あんたの存在自体があの人にはかけ換えのない特効薬って事なのよ。」
「そんな…」と返すキョーコはまだひたすら涙を流す。でも、意識は飛んだりしない。