「ママのお兄ちゃんは

何の仕事してるん?」


私のお仕事、“学校の先生”

について話をしてる最中に、

ふと息子の口から出た質問だった。




息子が

本格的に

学校を拒否し始めて、

2ヶ月程たった昼下がりのことだった。



私自身の休職も決まり、

「ママお仕事、休めることになったから、
側にいるからね」

そんな話をしながら、穏やかなお昼を

過ごしていた。


今まで、

がむしゃらに働いてきた“教師”

という仕事について、

自分も振り返ってみたかったし、

せっかくだから、

かっこつけて言うと、キャリア教育?笑

を息子にしたいと思った。



そんなこんなで、

「先生になるには〜…」とか

「採用試験ってのがあって〜…」とか、

そんな話をつらつらと語っていた。


今思うと、

学校に行けない自分(息子)が

“ママの仕事を休ませてしまっている”

そんな風に受けとったのかもしれない。

プレッシャーになったのかもしれない。


だからこそ、

「ママのお兄ちゃんは
何の仕事してるん?」

この質問をすることで、話をそらせたかったのかもしれない。(当時の息子よ、ごめん!)

そして、私は
タイトルの如く、
「お笑い芸人…」

と答えた。

何度か伝えたことはあったが、

ウケ狙いで言ってるのでは、

と半信半疑だったのかもしれない。



因みに、
兄の
芸名やコンビ名は割愛する。
(売れてないから、言っても意味がない)


売れてはいないが、

たま〜に、オーディションが受かったとかで、

若手芸人が大勢押し寄せるような(どんな?笑)番組だったり、

売れっ子の先輩と一緒に、ほんの少し(見切れるレベルで)テレビに出させてもらう、

そんな兄だ。

そして、息子のおじ、ということになる。


”お笑い芸人”
と私が言った時、

「それって本間なんや!?」

息子の目の奥が輝くのが分かった。



それ以来、

元々好きだったお笑いだったが、

よりお笑い好きが加速し、

オールザッツ漫才(ローカルかな?)
の録画を

擦り切れるほど観るようになった。

学校へ行かない日は、

午前中は学習し、

昼からは、お笑いを観るのが日課となった。

因みに、当たり前だが、

兄はオールザッツ漫才には出演していない。笑



私も息子の横で
お笑い番組を観ながら、
一緒に大笑いしたこともあった。

そんな日々を送っている中で、


息子が芸人さんのマネをして、

私たち家族をよく笑わせてくれるようになった。


「ママのお兄ちゃんみたいに、芸人になる?」
「そうしよっかな〜」
なんて会話をしながら。





2学期が終わりそうになる頃、

息子が、
「明日学校、行ってみようかな」
と言い出した。

しかし、

次の日の朝、
やっぱり行けない

と泣いてしまった。




その時、咄嗟に励まそうと、こんな話をした。

「お笑い芸人ってさ、
失敗とか、うまくいかなかったことを、
おもしろおかしくネタにするやん?
この“学校に行けない”でも、明るく元気に過ごせてる状況って、なんかギャップがあって
おもしろくない?
大人になって思い出した時、
ネタになるし、
きっと笑えるで?
だから、そんな頑張って行く必要ないんちゃう?」

その後、少しの間、泣いていた息子だったが、

気持ちが切り替わったのか、

その日は学校は諦め、

いつものルーティーンをこなした。


こんなことが続く度、

私は同じように、

ネタになるでコレ!(今思うとどんな母親やねん)
ってかんじで、息子を励ますようになった。

これが
効果あったかどうかは別として、笑

息子は
自分の弱さと向き合う中で、

物事を別の視点から考える、

ということが身についたのかもしれない。


厳しい担任の先生が、少しおもしろく見えるようになったのかもしれないし、

クラスの個性いっぱいのおもしろそうな子達に、興味が湧いたのかもしれない。

3学期は、
学校に足が向く日が格段に増えていった。


あっという間に2年生になり、

すっかり

”不登校の息子”では

なくなってしまった。

(だからブログも書くネタがなくなってしまったのだ。笑)

そして、

GW、ついに?
息子達を連れて、
お笑い芸人の兄に会いに行くことになった。

会いに行く、というか、

兄が出演する劇場に足を運んだ。

劇場の客席には、
私達と、あと一人、
そう、2組だけ、

そんな
出演芸人>客
のライブが開幕した。

もう
十数年踏ん張ってやってきた
兄たちの漫才は、
私にとって(身内ということもあり)
笑えるものではなかった。

でも、
やっぱり
息子が
兄を見る目が輝いているのが
分かる。

”マイク一本で、人を笑わせる”

たったこれだけの仕事。

有名になるのは、

笑いも、運も掴んだ、
一握りの人達だけ。

昔から、
バカみたいに元気で、
誰よりも人気者で、
実は妹思いの兄。

そんな兄が、
この厳しいお笑いの世界で
ひたすら走り続けている。

子供は
本気の大人にしか
目を輝かすことはない。

息子達は、
きっと肌で何かを感じとったのだろう。

子供みたいに純粋に夢を追う
大人の姿を。

がむしゃらに頑張る姿を。

本気で好きな事に没頭する姿を。

本気で
生きる姿を。


私も、

兄のように(芸人にはならん。笑)

もう一度、

自分が創造する

おもしろい人生を歩みたくなった。

大人自身が、
自らの輝ける場所で
楽しんで
生きる姿を見せる、


これが、

真のキャリア教育なのではないか。

そんな風に思う。


















前回の続きです。

トランスフォーマーと化した息子。



もう、
一周回って笑けてくる😂





「ママはやっぱり、
子供にこんなたくさん荷物を
もたせるのはおかしいと思う!」

そう言った私に、




「しょうがないやん。
皆んな持って行くんやし。」

と言った。



「荷物が重くて
学校へ行くのがつらい」

が不登校の原因の1つだった息子に
とって、

しょうがないやん。

と言った事に、

呑気に

成長したな〜

なんて、どうしても思うことができない


”皆んなが”持って行く。
だから
“自分も我慢する”


体が大きい子も小さい子も、

同じだけの重さを背負う。

背負わずずるをした者は

”皆んなと違う”
レッテルを貼られるかもしれない。


昨年、
荷物が重いだけで
学校を行くのを拒んでいた息子。

学校に対して、
無意識レベルで
どこか”違和感”を感じていたのだろうか。


重い荷物を背負って

学校へ行く息子の姿を見


うまく説明のつかない
違和感を、
私自身
感じられずにはいられなかった。



前回の続きです。



では、

この期間中だけ

置き勉の量を増やしてもらうことは可能ですか?

サムネイル








サムネイル

私が決めれることではないので、

学年で話し合ってみます。





・・・・・。







電話をきってから、
忙しい放課後に
電話してしまった自分を悔やんだ。



そして、
タブレット持ち帰りの目的
がより分からなくなってしまった。



次の日、
変わらず息子は

重いランドセルと
タブレットを

持ち帰ってきた。



そして・・・・


家では使わない算数の教科書も、

ノートも

全てランドセルに入っていた。




「そうだよな、
昨日言って
今日すぐに
意見が反映されるわけ
ではないよな。」




昨年、息子の不登校対応に関して、

学校へ
たくさんお願いや意見を言わせてもらったが、

納得いくものは少なく、

何度涙を飲んだか分からない。



“タブレットを持ち帰る代わりに、
教科書を一冊置き勉する”

そんな小さなことさえも

実行できないなんて。






その日もまた、
「入らない」
と嘆いていた息子。



更に
「明日はプールバックと鍵盤ハーモニカ
も持って行かないと!」




翌朝、
天気は午後からの予報だった。

従って、



荷物が
◯ランドセル
◯水筒
◯プールバック
◯鍵盤ハーモニカ
◯傘←


となった。





トランスフォーマーと化した息子。




               つづきます。