「颯爽と」


 雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、私の家の玄関を開けて、颯爽と我が家へ入ってくる人がいます。
 その代表選手は・・・・・・クロネコヤマトの平田さん。

 夏は真っ黒に陽に焼けて、汗だくなのに何故か彼は爽やかです。
 トラックを運転中に街で出会っても、よそのお宅に配達している時の駆け足も、いつも同じテンション同じテンポで「こんにちわ!」
 こんなに気持ちよく仕事をする人がいたら、私たちはクロネコさんが好きになってしまいます。

 でも、この平田さんと我が家、じつはひと悶着あって、決して良い出会いではありませんでした。

 もう随分前のことになりましたが、我が家の地域の担当になった頃の平田さんと私の母の相性がとても悪く、毎日、配達のある度に母は彼の態度の悪さを並べて話すようになっていました。果ては「年寄りだから馬鹿にしている!ろくに話も聞かないで荷物を投げて出て行ってしまう。あの人には家へ配達に来て欲しくない」とまで言い出したので、さすがに毎日のこと、それでは母も堪らないだろうと意を決し、会社にクレームの電話を入れました。

 一軒の家からのクレームで、さすがに配達担当者えお替えるようなことはなさらないと思っていましたので、会社から何らかの注意を彼が受けてまた家へ配達に来るとき、逆にお互いバツが悪くなりやしないか、そんな心配もしながらです。

 日常、よく起こりがちなトラブルですが、人間と人間の感情の引き起こす問題の解決はとてもデリケートで難しいものです。

 ま、一遍に彼の態度が変わっていたのでしたら、それはそれで母も戸惑ったに違いありませんが、少しずつ少しずつ溝を埋めるように二人の人間関係は修復され、今では「平田君、平田君」と、母は彼の配達を楽しみに待ち、たまに別の人が来たりすると「今日は平田君じゃなかった」とガッカリするまでになりました。

 私は、一人の老人の心をこんな風に変えさせたクロネコの平田君を秘かに尊敬しています。拍手を送っています。だから、街でトラックを運転中の平田君に会うと嬉しくなって、こちらも車の窓を大きく開けて手を振ります。

 いやぁ、ちょっと気難し屋の母をこんな風に変えるなんて。私にはとてもとても出来ませんもの。

 こうして原稿を書いている今も、平田さんの配達がありました。

 お中元やお歳暮のこの時期は、本当に申し訳ないくらい何度も家に配達して頂くことになります。

 大きくて重たい荷物のときも、片手にヒョイと乗っかるくらいの小さな荷物のときも、平田さんはいつも外からの空気を爽やかに纏って入って来ます。
 同じように我が家のドアを開けて入っていらっしゃる沢山の人たち、じつに人間というのは様々な空気を纏って生きているものだと感心します。
 何が人をそうさせているにでしょう。とても面白いことです。

 私自身は、適度な湿気と適度な温度、そして、清潔でどこかそよぐ風を感じるような空気を纏って生きていたいと思っています。

余談ではありますが、我が家のドアには特集なセンサーが付いていて、どんより良くない空気を連れて人が入って来たら、私の胸に内臓された警報音がピンポン、ピンポン鳴り出します。

神野美伽

MFC会報162号(2015年12月号)より