✨ヒーラーのMikaです✨
💠私がエネルギーチャージでヒーラーになるまで 〈幼少期編①〉
私は祖父母、両親、2歳違いの兄、5歳違いの妹という家族構成の中で育ちました。
(小1の途中まで叔母も同居してました)
私の家は自営で父母は早朝から夜遅くまで働いていました。
その頃は祖母もまだ一緒に働いていました。
幼稚園に入園前の私は
いつも1人でリカちゃん人形でママごとしたり
「ひみつのアッコちゃん」のコンパクトで遊んだり
「リボンの騎士」などの飛び出す絵本で1人遊びの毎日でした。
(入園後も帰ってからは同じでした)
いわゆる大人しくわがままを言わない
"いい子"でした。
唯一、声をかけてくれたのは祖父でした。
配達がてらのドライブ。
途中、知り合いの牧場に寄って牛を見たりしました。
若い頃、洋食店で働いていた祖父はオムレツやゼリーなどのおやつも作ってくれました。
唯一、私の拠り所だったのが祖父でした。
兄は長男で後継息子で大事な存在だったようです。
今よりもっと長男教が強い時代でしたから😱
叔母は異性である兄をとても可愛がっていました。
(後に結婚しても自分には娘2人で男の子がいなかったから)
私には言いたい事を言ってましたね。
私の容姿をバカにしたり・・
言葉の使い方がどうとか・・
偉そうにね💦
あなた何様ですか?と思いますが・・
今なら理解できます。
叔母は自己肯定感が低かったのです。
そして私をバカにし、見下すことによって優越感を得ていたのです。
叔母の嫁ぎ先は少し良い家柄(?)だったらしく義叔父の兄弟は優秀だったそうで(もちろん義叔父も優秀だったようです)
叔母の価値観では国公立の大学卒で、名の知れた会社に勤めていることが優秀だという価値観でした。
当時は一般的にそうでしたね。
叔母はいつも自分に劣等感を持って生きていたように思います。
こうして当時の私は
祖母や叔母に特に劣等感を植え付けられたように思います。
もちろんそれだけではありませんが・・・
だから私は幼稚園が大好きでした🥰
先生たちは本当に優しくて楽しかった💗
卒園するのが本当に嫌だった。
悲しかった😭😭😭
簡単に言うとこんな幼少期でした。
こうした幼少期の体験や思いが
後の潜在意識や思考を創り出していったのだと思います。
その私がやっと『これをやっていこう!』と
思えた"エネルギーチャージ"
そして私の亡くなった息子のマーくんが
降ろしてくれるメッセージ(チャネリング)をお伝えして、エネルギーを受けてくださる方々が
少しでも生きやすくなるお手伝いをしていきます。
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私とマーくんのコラボの
"エネルギーチャージ"ただいま準備中です♪
もう暫くお待ち下さい。
