父の病気が分かって、全く何もやる気が起きずブログ始めたばかりなのに放置をしていました。
親元を離れたのは15歳ですが、私は30代後半になるまで好き勝手生きてたな
20代半ばで県外に出て専門学校に行き、外国人と結婚して子どもが産まれて
やっと親孝行していこう!親の気持ちがわかって感謝して、これからって時に
父とは元々仲良しというわけではなく、普通?の父娘だったと思う
娘の妊娠と同時期に父の病気がわかって、毎日毎日電話をした
5生存率50%ない病気に父も家族も愕然として落ち込んで、辛かった。本人が一番辛かったと思う
私にできることは、毎日孫とテレビ電話をしたり写真や動画を送って少しでも病気から逃げ道を作ることしかできなかった
結果、父は5年も生きることが出来ずに病気が分かってから1年半で亡くなった
ずっとずっと生きたいと言っていたね
病気が分かって治療も大手術も怖かったし、痛かったのによく頑張ったよね!
お父さんは頑張り屋で弱いところも涙も見せずだったね
新しい抗がん剤を打った翌日から息苦しいと言って、そのまま入院、帰ることが出来ないまま逝ってしまった
甥っ子の1年生の入学式がもうすぐで楽しみにしていたのに。私の娘の保育園の運動会も絶対見たいと張り切っていたのに
やりたいことも目標もあったのにね。
でもね、孫たちはじいじのこと忘れてないよ!
1歳半なのに毎日じいって手を合わせるよ!
お父さんは誰にでも好かれる人だったよね、私もお父さんみたいに優しく気高く、家族思いの人間になれるように誇りを持って生きていきますよ。生き抜いて見せますよ!
お父。たくさん言いたいこと、話したいことあるけれど、一人ごとのように呟くからチラッと聞いててくれるといいな。