11月17日

何も考えられなくなって
食事も15日から摂れていない

それでも息子を学校へ見送る。

家に居てると思い詰めるので、仕事へ

気丈に振る舞い仕事をこなす

9時過ぎ病院から電話

『本日ICUから個室へ少し入ってもらって
1人、2人なら面会しますか?』

『はい、行きます。』

『昼からになりますが』

『大丈夫です、伺います』

『病棟の看護師から時間連絡します』

と言われ、涙を抑えながら仕事へ戻る

引き継ぎをして、急ぎの処理をする

11時過ぎ病院から電話

『個室に移動しようと思ってたんですが
呼吸が弱くなってきてるので』

『直ぐに向かいます』

とは言え40分の距離

もどかしい気持ちを抱え

もぅ少し待ってて、と

願いながら…

再度病院から電話

呼吸が更に弱くなってるので
心肺停止になるかもしれない、と

病院へ向かう道がもどかしい

一目散に病棟へ

担当の医師が

先程、脈も…

間に合わなかった

最後の瞬間

手を握るとまだ温かく

本当に眠ってるかの様な最期

『待っててよ』

そう言ったあと

『もぅ疲れたよな』

『しんどかったよな』

泣き崩れながらそう言葉をかけた

母はきっと帰って来れると信じて
入院をした。

生きたい、そう願いながら

肺がんではなく、脳梗塞でなんて
誰が予測出来ただろう

病気が分かってから、口癖の様に
『終活せな』
と言っていた母

今も昨日までそこにいたかの様な

今にも声が聞こえてくるかの様な

順番とは言え、早すぎる

後期高齢者にも満たないのに


これが最後の投稿になります。

これはあたしの記憶の一部です。

1日1日を大切に。。。