昨日はアルクの土曜1日集中講座『英語クリエイティブスピーキング』セミプライベートレッスンを受講してきました。

この講座の趣旨は、すでに持っている英語力を最大限引き出して話せるようになるためのコツを身に付けること。場面に応じて沢山の表現やフレーズを覚えるような英会話学校的なレッスンではなく、その場で与えられたいかなるトピックに対しても即座に発話し、かつ効果的に話を組み立てて相手に伝えられる能力、いわばスピーキングの瞬発力を鍛えるためのプログラムです。

例えば最初に与えられたトピックは、「最近誰かを、あるいは何かをお祝いした経験について話してください」というもの。そしてあれこれ考える間も与えられないまま先生がストップウォッチを押し、そこから二分間、とにかく喋り続けなければなりません。
トピックに対して具体的な事例が思いつくようであれば、頭のなかでビデオテープを再生するようにイメージを思い描き、それを時系列で説明するようにしてみて下さい。もし具体的な事例が思い浮かばなくても、友人から聞いた話、祝い事にまつわる思い出など、話の糸口を見つけて膨らませてみてください…などなど、どんなトピックであれ少しでも多く話すためのコツについて、先生から随時アドレスを頂きます。
こんな調子で様々なお題について二分間ずつ喋り倒すという練習を朝から夕方まで続け、暑さで腐りかけていた脳みそがすっかり攪拌されました。(笑)

日頃から、TOEICの点数に比例するだけのスピーキング力がないことが悩みだった私にとっては、うってつけの内容でした。何より、週に一回英会話学校に通うようなスタイルが向かない(というか単に嫌い…)な私にとって、毎日のなかで自分一人でも効果的にスピーキング練習するためのヒントときっかけをもらえることができました。
そんなわけで今日は、カレンダーだの蛍光灯だのと、とりあえず目についたもの片っ端から二分間ずつ話すという練習をしていました(笑)。

このモチベーションを持続させ、半年後くらいにまた同内容の上級クラスを受講できるよう、頑張りたいと思います。
夏真っ盛り。こうも暑いと心は自然と水辺へ向かいます。

私にとっての夏の水辺といったら、川辺。そして真っ先に浮かぶのはやはり故郷、伊勢にある五十鈴川の風景です。

五十鈴川とは伊勢神宮の西端を流れる、由緒ある清流です。真夏の青空と神宮の森の濃い緑に抱かれ、照りつける強い日差しが川面に眩く満ちている、そんな風景がたちまち心にうかんできます。

そしてそんな水辺に一層の趣を添えているのが、「聖界と俗界の境にある」と言われる宇治橋です。

神聖な美しさを放つヒノキの橋と周辺風景とのハーモニーは、何度訪れても飽きることなく私の心を和ませてくれます。さなぎのレッスン-グラフィック0724.jpg

「橋は、単に便利さ快適さだけで対岸同士を結ぶだけでなく、人と人の心と心を、過去と未来を結ぶ、精神・文化の結節点でもある」とは、『橋を見に行こう』の著書、平野暉雄さんの言葉。

最近、日本各地の名橋と呼ばれる橋のある風景を見に行きたい気分が高まっています。

単純に自然のなかで癒されたいというのもありますが、それ以上に、機能性や経済性だけではない、日本古来の精神や人の思いを携えたものづくりの結晶に触れたい、そんな思いがあります。

そうしたエネルギーに多く触れることも、今現在の自分にとって「対岸」にあるものに、心の橋を掛けるきっかけになるような気がしています。
久しぶりの更新です。

水曜日から仕事で札幌&小樽へ出かけておりました。思っていたよりもかなり蒸し暑く、あちこち歩き廻る仕事だったので結構疲れました。今日は自宅で一息ついているところです。

ブログがお留守になっていたこの1ヶ月の間に、仕事においてひとつの転機がありました。

それによって自分の責任はより明確になり、あとはただわき目もふらず前へ進むしかないという気持ちにさせられました。

不器用な私は、同時に多くの事を考え、それぞれに程よくエネルギー配分するということが苦手。

新しい思考回路をオンにしたら、途端にそれまで活発だった回路はオフになるという有り様です。

ブログであれ何であれ、モノを書くことは私にとって心の襞を絡めとる作業と言えます。しかしそんな襞にわずかに触れてみる余裕もないほど、この1ヶ月の私はひとつの考えに支配されていました。
しかし、仕事とはいえ北海道に行って一時的に日常から離れたことが、再びペンを握る、否、キーを打つきっかけを作ってくれたようです。

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