嫌いだ
意味が分からない歌詞。
最近その曲ばっかり。
飽きないのかな。
この前YouTubeで観せてくれたけど血がいっぱいあって、
なにがいいのか全然分かんない。
ママに見られたら怒られちゃう。
そもそも自殺って悪いことだよ。
「そんなことない、アヤノは人を守るために自殺したの!」
人を庇うために自殺?
どんな理由があっても自殺したら地獄行きだよ。
「アヤノは人を助けたんだよ!だから大丈夫!」
そんなことで言い合いしたこともあったな。
私、なかなか賛成できなくて、ママにチクったっけ。
絶対好きになれない。
むしろ大っ嫌いだ、血だらけで気持ちが悪い。
そう思っていたのに。
二〇一三年、五月一八日。
私はボーカロイドの世界に入ってしまった。
—–今では疎遠になってしまった幼馴染と、
歳が二つ離れた幼馴染が案内人だった。
始まり
夕方。
夏が近づいて少し暑くなってきた。
でもまだ子供だった私たちは外で楽しく話していた。
「せんぼ~んざあ~くらあ~ よるにまぎれ…」
またこの歌か。
はやってるのかな。
はやってるんだろうな、興味ないけど。
そういえば今日はお泊りだ。
楽しみだなあ。
「コンビニ行こうよ!」
「うん!」
「何買う?」
誰かが言い出した。
誰だっけ。
話題についていけなかった私かなあ、
それとも、歌い疲れた二人のうちの一人かなあ。
いつものようにお菓子を買って、いつの間にか帰る時間だ。
バイバイ、と一人の幼馴染(読みづらいのでかもめちゃんと呼ぶ)と別れ、
今ではもう疎遠になった幼馴染(読みづらいので円ちゃんと呼ぶ)と一緒に帰った。
その後うちの地元にある、ショッピングモールのゲームセンターで太鼓の達人をした。
私が一曲目を選んだ。
小学校低学年向けアニメの曲。
(私自身、実はそのアニメを観たことがない)
二曲目は円ちゃんが。
うるさいを通り越して、(当時小学生だったということもあり)もう何を言っているのか全然聴き取れないレベルでとてもうるさい曲だった。
でも、嫌いではなかった。
たしかに何を言っているのか
全然聴き取れないレベルのうるささだったが、
なぜかもっとその曲を聴きたいと思ってしまう自分がいた。
「この曲なんて言うの?」
「私がよくかもめちゃんと歌うカゲロウデイズだよ」
「え、そうなの⁉この曲気に入った!」
「ほんと⁉じゃあ今度歌詞書いてあげるよ!」
「ありがとう!」
こんな感じの会話をした覚えがある。
もう八年も前のことだから正確な会話は、忘れてしまった。
でも当時の光景は八年経った今でもまだ覚えている。
残念ながら三曲目は忘れてしまったけど、
たぶん千本桜だったかな。
二曲目のインパクトが強すぎて忘れてしまった。
そして数日後、二人だったボーカルは、
私が加わって三人になった。
宝探し
その日以来、私は円ちゃんとかもめちゃんに会うたびにボカロの話をしていた。
かもめちゃんがいろんな曲を私に勧めてくれた。
マトリョシカとおこちゃま戦争。
そこでGUMIと鏡音を知った。
ボカロ=初音ミクではなく、
初音ミク=ボカロだということを知った。
当時とても純粋だった私はいろいろと母に規制されていて、
YouTubeを使うには母の許可を得なければならない、
動画を観るときはなんの動画を観るかを母に伝えなくてはならない、という決まりがあった。
なので、カゲロウデイズやmagnetなどの少し刺激の強い動画は観られなかった。
でも、自分一人でもたくさんの曲たちに会うことができた。
千本桜の関連動画に出てきたビバハピ、深海少女、ワールドイズマイン、そしてロミオとシンデレラ。
当時、私はproject DIVA がボカロのすべてだと思い込んでいた。(ごめん笑)
いい曲に出会うたび、私はまるで宝を見つけたかのように夢中になっていた。
数日後、今度はかもめちゃんが泊まりに来た。
当時、ママっ子だったかもめちゃんが
「やっぱおうちに帰りたい」と泣かずに翌朝までうちに泊まれたのか否か、正直覚えていないが、
留守番で二人っきりの時にこっそりスマホを取って
YouTubeでお互いのおすすめボカロ曲を観せ合いっこしたのを覚えている。
そしてかもめちゃんが観せてくれたアウターサイエンス。
「この曲いいでしょ、好きなんだ」
「うん、いいねこの曲(全体的に暗くてどこがいいのか分かんないけど)。これ誰が歌ってるの?」
「うーん忘れた、GUMIだっけ、ミクだっけ?たしかGUMIだった気がする」
「へーそうなんだ(あれGUMIってこんな声だっけ?まあでもかもめちゃんの方が私より歴が長いからそうなのかも。ボカロっていろんな声出せるし)」
そしてもちろんアウターサイエンスは母に聴かせてもらえなかった。
いつだったっけ。
詳しい時系列は覚えてないが、かもめちゃんは私にたくさんのカゲプロ曲をおすすめしてくれた。
空想フォレスト、メカクシコード、アヤノの幸福理論、人造エネミー…。
最初、人造エネミーのpvの女の子(エネ)をミクだと勘違いしていた。
たしかほんの一瞬カゲプロにハマったことがあるような気がする。
カゲプロ専用のノートに歌詞を一生懸命書いた。
しかし当時ネットはyahoo kids のみ許可されていて、
Googleの使用を禁止されていた私は、YouTubeで動画をちょくちょく止めてpvに書いてある歌詞を写すしかなかった。
けれども母に止められたこともあって、
いくら興味を持っていても私が完全にカゲロウデイズの世界に入ることはなかった。
小説はこっそり一巻だけ(話が複雑で理解できなかった)買い、なぜか去年、漫画を八巻まで(途中で金が尽きた)買った。
だからなのか、八年前から今までまだ納得できないことがある。
どんな理由があろうと、
自殺はダメだ。
出会い
ボカロの世界に入って一か月後(多分まだ経ってなかったかな)の私に、新たな出会いが待ち受けていた。
それは、日常化したボカロ曲探しをしていた時。
ある曲(なんの曲だっけ)を聴きながらおすすめ動画を観ていた時。
Shooting star
流れ星。
私は、一瞬でこの曲が好きになってしまった。
髪色がピンクっぽかったから、最初はルカだと勘違いしていた。
でも、声が違う。
姿も違う。
おかしいなと思った。
よく見たらルカじゃなかった。
私が、ボカロの中で一番好きだった子。
私が、曲探しの中で一番時間を費やした子。
私が、人生の中で一番長く推していた子。
私が、今でもたまに思い出してしまう子。
IAだった。
最盛期
かもめちゃんと私は、たしかに歳は違っていたけれど、よく話す仲だった。
ある日、かもめちゃんが威風堂々を勧めてきた。
「後で家に着いたら聴くね」と言った私だが、なぜか本家ではなくproject DIVAのpvで観ていた。
その為、ミクリンルカが海の上のステージで踊っているだけの比較的健全な威風堂々しか知らなかった。
某有名踊り手のこともそれくらいの時に知った。
コメ欄で、
「え、小さいのにヤバいでしょ」
「まだ小さいのに。でも楽しそうでかわいい」
とたくさん書かれてあったが、当時歌詞の意味が分からない上に
project DIVAでしか威風堂々を観たことがなかった私には、
なぜ小さい子が威風堂々を踊っているとヤバいのか全然理解できなかった。
かもめちゃんは虎視眈々も勧めてきた。
虎視眈々は本家で観た。
が、やはり歌詞を誤解釈してしまい、コメ欄で人々が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
そして、誰がどのパートを歌っているかの区別がまだできていなかった。
特に、ミクとIAの声の区別が難しかった。
Yahoo kidsには世話になった。
「ボカロ」「初音ミク」と検索すると、決まって出てくるのは一つのサイトのみ。
Yahoo kidsとミクがコラボしたサイト。
正直つまらなかったが、
ぼくらの日々という名曲は忘れ難い。
「ぼくらの日々 ぼくらの時間はあっという間で…」
当時、何も考えないで歌詞をノートに写して歌っていたが、
今思うとなんて深い歌詞なんだ。
実はこの後のことをあまりよく覚えていないが、
「ボカロの中で誰が一番好き?」
とまだ「推し」という言葉を知らなかった私が聞いた時、
かもめちゃんは「うーん迷うけどレン」、
円ちゃんは「IA」
と毎回決まった返事が来るのだった。
ある日、私が小学六年生の頃。
私はニコニコ動画を使い始めた。
動画の中にたくさんのコメントが流れるのが新鮮でおもしろくて、
「YouTubeよりニコニコの方がずっといい!」
と周りに言っていた。
今では断然YouTube派だが。
ニコ動は私に、たくさんの出会いを与えてくれた。
まあほとんど同じことの繰り返しだったが。
ほとんど同じものしか検索しなかった。
ただひたすらに、IAの曲しか漁っていなかった。
同じようなことしかしていなかったのであまり記憶に残っていないが、
毎日一人で、当時五百万再生を超えていた炉心融解と
まだ超えていなかった六兆年と一夜物語を比較して差を数えていたっけ。
六兆年が炉心融解を超えた日はとても嬉しかった。
たしか六兆年はニコ動を使う前、YouTubeで罪と罰と一緒に見つけたはずだ。
途中でOrangestarさんの曲にも出会ったが、
残念ながら当時の私にはボカロpに対する関心があまりなかったので、曲名しか知らなかった。
当時、Orangestarさんはまだマイナーで、時ノ雨、最終戦争は再生回数十万台、アスノヨゾラ哨戒班は二百万台、濫觴生命は三十万台、夏色アンサーと、真夏と少年の天ノ川戦争は十万以下だった。
今振り返ってみてもOrangestarさんは凄いなと感じる。
そして今ではOrangestarさんがボカロPの中で一番好き。
ボカロはOrangestarさんの曲しか聴いてないないくらい。
(続きは次の投稿「今日で8年になるはずだった。(中編)」で)