入院中の母の面会に行くのが怖いという気持ちがエスカレートしてしまい、

 

そのことをずっと考えていました。

 

何事もなく面会が終わることもあれば、

 

大泣きされることもある。

 

大泣きしている母の感情を浴びると、私は完全にフリーズしてしまいます。

 

そしてそこから1、2週間はダメになる。

 

そんなことを繰り返していました。

 

なぜ、いい娘になれないのか。

 

なぜ、苦しいのか。

 

思い当たることはたくさんあるし、

 

そこそこブラックな過去もあります。

 

だからこそ、

 

自分を壊しながら、無理に面会に行くことでがいいのか、

 

自分を守って、面会に行くのを控えるのがいいのか、

 

と考えるようになりました。

 

どちらを選んでも苦しい。

 

「娘なんだから当然のこと」

「病院に押し付けるなんてダメでしょう」

 

実際にお世話になている病院の方々のことを思うと、

 

行かないという選択はあり得ない。

 

だからこそ行けない自分を責めます。

 

「そんなことつべこべ言わずに行けばいい」

 

ほんと、そう。

 

それも分かってる。

 

こんな風に、自問自答のようなことを繰り返していました。

 

このモヤモヤがとれなくて、ずっと考えてたんです。

 

自分はどうしたいのか。

 

自分が本当にどうしたいのかが全く分からない。

 

そして、数か月の時が流れて、今日ふっと思ったことがありました。

 

「私もワガママが言いたい!」って。

 

え?それ?

 

行きたくない時には、行かない!

 

会いたくない時には、会わない!

 

自分が思うことをする!

 

私だって感情のまま生きたい!

 

そんな思いがあふれてきました。

 

 

当たり前のようだけど、

私は、このことを罪悪感なしではすることはできません。

 

 

昔から、自分はこう思うからこうする!と決めて行動することはできるのですが、

いつもそれを母に否定されて育ってきました。

 

母の忠告に従わない。

母の意見をきかない。

母に相談しない。

それをぐちぐち言われていたし、そんな私をかわいくないと言っていました。

 

だからなのか、自分の思いは大切にして行動するけど、

罪悪感がうまれ、結局うまくいかない。

そんなことが多かったと思います。

 

その時のパターンと同じことを

自分自身で繰り返しているのがと気づきました。

 

面会に行くのがしんどい!少し休養して、また行けるようになろう!

そう思っているだけなのに、毎週面会に行っていない自分を私は否定していました。

 

でも母や周囲に気を遣い、イヤイヤ面会に行ったとしても、

そんな自分のことも、否定するんです。

 

自分で自分の人生を歩んでいるようで、常に私は自分を否定しています。

 

もうこんな自分はいなくなったのかと思っていました。

でもまだまだ、心の奥にこんな悲しい思いがありました。

 

 

私は、「ウソのない人生を送ろう」と思っています。

ある時を境に、これからは絶対に自分の気持ちにウソをつかずにいようと決心しました。

それ以来、自分の気持ちにも向き合ってきました。

 

でも、自分では自分の気持ちがわかって、それを認めることができ、ウソがなく過ごせていても、

どこかでそんな自分を受け入れ切れていなかったのだと思います。

 

でも、今日、私は

「私だって、ワガママを言いたい」って思っていることに気づいてしまったのです。

言い換えると、

「わがままな自分に罪悪感を持たないでほしい」

ってことかなと思います。

 

「面会行きたくない」という気持ちの自分に、罪悪感を持たないでほしい

いい娘を演じることもできない自分に。罪悪感を持たないでほしい

イヤイヤ面会行った自分に、罪悪感を持たないでほしい

 

そんな自分を、自分でジャッジしないということでしょうか。

 

自分で自分で受け入れるということは、

本当に難しいです。

 

心に空いた穴にうまく気づかずに過ごせることもありますが、

ドツボにはまることもあります。

 

今回はとんだドツボにはまってしまいました。

 

気づいたところで、これ、治せるかわからないけど、

少しだけモヤモヤが晴れました。

 

 

 

なんか急に書きたくなって、ばーっと書いてしまいました。