疲れてしんどくなるのが怖い
さて、今日は疲れてしんどくなるのが怖い話。
私は疲れるのが怖いです![]()
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みなさんはどうですか?
私は、
疲れてしんどくなって、
家事ができなくなる
子ども達に八つ当たりする
気力がなくなる…
そうなるのではないかと思って怖くて、疲れたくないんです。
ただ怠惰なだけなのかもしれないけど![]()
でも、一度うつになってから特に、
どこまでがんばれるのか、どこまでがんばればいいのかが
分からなくなりました![]()
「私はがんばりすぎてしんどくなる」「私はすぐに疲れてしんどくなる」
という方程式ができてしまい、これをなかなか崩すことができません。
と、いうことで、今日はこんな自分のことを更に分析していこうと思います![]()
「がんばる」とは?
私が「がんばる」時は、したくないことをする時。
やらないといけないことをする時。
したいことをする時は、がんばるという感覚は少なくなる。
それで疲れることはあるけど、やりたいのだから、怖さは減る。
新しいことを始める時も「がんばる」
朝起きるのも「がんばる」
ま~生きてるだけでも「がんばっている」という感覚もあるかも。もともと「がんばり屋さん」と言われがち。
がんばることが自分の個性だと思っていたし、がんばることが癖?
みんなが平気で、やらない!やりたくない!と見て見ぬふりすることも、
やった方がいいよな~とやってしまうこと多々あり。
昔から、みーちゃんがんばってるな!って褒められてきたし、
がんばればいいことがあると思ってきた。
でも大人になってから知ったことは、
がんばってもがんばっても報われない。
がんばって育児して仕事して、息をつく暇もない毎日を過ごすうちに
がんばればがんばる程、しんどくなる
こと知った。
それ以来、がんばってしんどくなることが怖くなり、
1日出かけてぐったり疲れてしまう自分
考え事で疲れて休日にずっと寝てしまう自分…
そんなことになると、不安になって、悲しくなってしまう。
疲れたくない~しんどくなりたくない~
そう思って、踏ん切りがつかないことがあったりする。
しんどくなりたくない自分に、かけてる言葉
とは言え、
日常にがんばる場面はある訳で、案の定その後疲れてしんどくなってしまうと、
そんな自分に落ち込む。
そして、
「しんどくなってもしょうがいないよ。だって私は今まで辛い思いをしてきたんだから。」
こう自分に言っている…![]()
これは、しんどくなってしまった 自分への言い訳 なのだろうと思った。
「これまで辛いことを経験してきたあなたは、しんどくなってもしょうがいない…」
なんだこりゃ。
そんな言い訳してる自覚はなかった![]()
不幸な私
過去の辛い経験を自分で受け入れることは大切。
でも、私のこの考え方は足枷になっているように思う。
何かを始める前から
しんどくなりたくない
↓
しんどくなったらどうしよ
↓
しんどくなっても、しょうがない
↓
だって私は不幸だから…
と、こうゆう思考回路で、自分を守っているような気もした。
こんなに不幸なのだから、しんどくなってもしょうがない!
不幸な私は、しんどくなることもある!
一見、自分を励ましてていいことなような気もするけど、
「こんなに不幸なのだから」という前提が私にはあることに気がついた。
今の私は?
不幸な私という前提なんて関係なく、誰でも、
疲れる時もあるし、しんどくなる時もある。
だからそんな前提も言い訳もいらない!
そもそも、しんどくなるのが怖いというその思いは、
果たして「今の私」の感情なのか。
本当に怖いと思っているのか?
過去に経験した怖さなだけなのではないか
)
今の私は、
疲れてしんどくなったら、寝る
疲れてしんどくなったら、思いを表出する
疲れてしんどくなったら、思考を停止する
疲れてしんどくなったら、何もしない
もし、しんどくなっても対処法がある。
過去のように
ボロボロになるまで仕事したり
ボロボロになりながら家事や育児をしたり
あんな悲しい思いは今はしていない。
ということは、
疲れてしんどくなることは、今の私には怖くない!
そう考えるのが良さそう![]()
過去に経験した辛いことをもう二度と経験したくないのは当たり前で、
そうならないために、自分で自分にブレーキをかけるのも当たり前。
でも、そのまま過去に浸っていたら、
ずっと怖がっている自分のままな気がした。
ちょっと無理してでも、やってみたいことに
素直に、軽やかに、チャレンジする自分になりたい![]()
だから、これからは、自分にそう言ってあげたいなと思った。
「しんどくなるくらいがんばってもいい!」
「今の私ならなんとかできる!」
「疲れたら休めばいいだけ!」
今日の分析終了![]()