mihoのブログ -2ページ目

mihoのブログ

ブログの説明を入力します。

イメージ 1
台風が豪雨被災地を直撃しないように祈るばかりです。先月の連休、朝倉にボランティアに行きましたが、手伝いに行ったお宅は床上浸水で一階の床は抜けそうになっていました。それでも被災された方々は「自分の所よりも、よその地域の方がもっと大変」とおっしゃいます。秋月の実家が被災された知人にも支援を申し出ましたが、「うちは床下で済んだので、自分たちでなんとかやっていきます」とのことでした。被災地には人手は集まったものの、人や道具を運ぶ車が全く足りていない状況です。軽トラが出せる方はぜひよろしくお願いします。私はボラセン受付から歩いていける比良松地区に派遣されました。有名なハトマメ屋さんは被災後すぐに営業再開されていましたが、妹の好きな「国菊のあまざけ」屋さんはかなり被災されていてまだ復旧作業中でした。あまざけ屋さんの近くのお宅で作業(家財道具の運び出し)をしていましたが、途中で大雨警報が鳴って、予定よりも1時間早く撤収になりました。東峰村のほうも被害が甚大だと聞いておりますが、先月の連休中はまだ道路が開通していなくて行けませんでした。いち早い復興を祈っております。

<今後ボランティアに行かれる方へ>
災害のため、ボランティア保険は無料で、一度登録すれば今年度3月末まで有効です。ゴム長、軍手、帽子、マスクは必須です(埃が舞うので)。昼食は各自持参。飲み物はあちこちでペットボトルが配られていますが、そのまま受け取ってしまうとだんだん手荷物が重くなります。申請すれば高速道路も無料になるようですが、申請に数日かかるときいたので、高速は使いませんでした。下道のほうが高速よりもショートカットで行けるので、下道でも福岡から朝倉まで1時間ちょっとで着きました。朝倉のボラセン受付集合場所は朝倉球場から旧杷木パレス(朝倉市杷木久喜宮1594-2)に移転しています。
きょう着ていく服を調整するために、朝出がけにNHKのニュース内の天気予報を見ていたら、「西から天気が崩れるでしょう。…関東以西の暑さは収まりそうです。一方、東北と北海道は晴れて、暖かくなるでしょう」とのこと。しかしそのアナウンスと共に、全国地図に最高気温が表示されたのを見ると、九州も北海道も同じ20度だった。絶対温度は同じ気温でも、一方では「暑さが収まる」と言い、一方では「暖かくなる」と表現している。不特定多数に向けられたテレビであっても、その個別の情報を注意深く聴くであろう対象ごとに、相手の立場で表現を相対的に変えているようだ。実に当たり前のことだが、多くの人々は普段自分たちが生活している地域の気温にしか耳を傾けないし、自分の居る場所で、きのうと比べてきょうがどのくらい暑いか寒いかが知りたいのである。同じ20度の表記でも、九州はブルーの文字で、北海道はオレンジの文字で「20」と表示されていた(前日比2度以上低ければブルー、高ければオレンジで表示される)。短い時間で的確に人に情報を伝えるには、ただ「20度」という事実を伝えるのではなく、聴く人の視点で表現することが重要なのだろう。
私が生まれて初めて詩を読んだのは、
おそらくまだ幼稚園か小学校1年くらいの頃だった。
当時家でとっていた新聞に載っていた、
ポプラの葉に「折々のうた」と書かれたコーナーで
紹介されていた「白いノート」という詩だった。
私はその詩を朗読してテープに録音した。
その詩の感動を忘れたくなかったのか、
字は読めてもまだうまく書けなかったのか、
なぜか録音という手段でその詩を保存した。
あの頃はまだ私自身がタブラ・ラサ(白紙)の状態だった。

何年か経って、小学校の中学年か高学年の頃に
そのテープを発見し、初めて再生した。
「何も書かれていない白いノート…」と朗読する自分の声を聴き、
詩に感動するどころか愕然とした。
生まれて初めて自分の声を客観的に聴き、
「自分の声はなんて変な声なのだろう」と思った。
学校でいじめにあうのは、きっとこの声のせいだと思い、
それ以来、人前で大きな声で話すことができなくなった。
なるべく自分の声を人に聞かれたくなかった。

最近になって「折々のうた」を検索してみると
朝日新聞に大岡信という人が長年連載していたコーナーだったようだ。
大岡信はちょうど今月の初めに亡くなっていた。