午前4時半、近鉄奈良線の始発を待つホーム。

湿り気を帯びた早朝の空気と、マスク越しに漂う自分のタバコと香水の混じった残り香。ミナミの喧騒を背に、わたしは「限界夜職女」という名の抜け殻になって、東大阪の安アパートへと運ばれていく。

 

ガタンゴトンと揺れる車内、スマホの画面に映るブラッド・ピットの横顔は、あまりにも彫刻のように美しく、そしてあまりにも非情だった。

今夜、わたしが「優勝」のお供に選んだのは、今さらすぎる名作映画『マネーボール』。

 

そして、キンキンに冷えたストロングゼロ(ダブル完熟梅)と、まいばすけっとの半額コーナーで救出した、もはや兵(つわもの)どもの夢の跡のような「ちくわの磯辺揚げ」だ。

 

 

 


ミナミの夜と、セイバーメトリクスの交差点

 

「プシュッ……。この音が、わたしの精神のセーブポイント。アルコールが脳のシワひとつひとつに染み渡っていく。これ、実質『エリクサー』を直飲みしてるのと同じですよね」

 

画面の中では、アスレチックスのGM、ビリー・ビーンが既存のスカウトたちの「勘」や「見た目」を鼻で笑い、統計学(セイバーメトリクス)で勝てるチームを作ろうと奮闘している。

 

これ、今の風俗業界そのものじゃないか。わたしは磯辺揚げを齧りながら、独りごちた。

業界のスカウトや店長たちは、いまだに「若さ」や「顔の造形」という、野球で言えば「ホームラン(長打力)」ばかりを追い求めている。

「あの子は華がない」「あの子はスタイルが平凡だ」

そんな旧態依然としたスカウトたちの言葉に、どれだけの女の子が心を折られてきたことか。

 

だが、ビリーは言う。

「大事なのは、得点することだ。そのためには『出塁率』がすべてだ」と。

わたしはこの言葉に、暗い部屋で一人、スタンディングオベーションを送りたくなった。

 

夜職における「出塁率」。それは、華やかな一見さんの高額チップではない。

「いかに地味でも、泥臭く、確実にリピート(再来)という名の塁に出続けるか」ということなのだ。

「欠陥品」という名の、最強の戦力

劇中、ビリーが集めてくる選手たちは、どこか「壊れた」男たちばかりだ。

素行が悪い、投げ方が変、年寄り、怪我持ち。

けれど、彼らにはそれぞれ「特定の条件下で発揮される、圧倒的な出塁能力」があった。

 

わたしも、自分を「社会の適応に失敗した欠陥品」だと思っている。

人混みに酔い、組織に馴染めず、現実の恋愛よりも『HUNTER×HUNTER』の連載再開に一喜一憂し、深夜にアニメの聖地巡礼動画を観ては涙を流す、こじらせたサブカルオタク。

 

でも、このミナミという戦場において、わたしの「早口なサブカル知識」「客の孤独に同調しすぎるメンヘラ気質」は、データ上では「特定のオタク層に対する圧倒的な特効(エンチャント)」として機能している。

 

「顔が好みじゃない」と切り捨てられるかもしれない。

けれど、ひとたび打席(個室)に立てば、わたしは『エヴァンゲリオン』の旧劇論争から、最近のVTuber事情まで、四球(フォアボール)を選ぶように丁寧におじさんの心を拾い上げていく。

結果として、わたしの「リピート出塁率」は、店の看板娘よりも高かったりするのだ。

 

「ホームラン王にはなれなくても、デッドボールを受けてでも塁に出る。それが、東大阪からミナミに送り込まれた、限界夜職女の生存戦略(タクティクス)」

 

勝利の後の、東大阪の静寂

映画の終盤、ビリーは自分のチームが20連勝という奇跡を起こしてもなお、「優勝しなければ意味がない」と苦悩する。

わたしは、空になったストロングゼロの缶を潰した。

わたしの「優勝」は、明日もまたこの4畳半で目が覚めて、推しのアクスタに「おはよう」と言えること。

 

そして、客から貰った「ありがとう」という言葉を、セイバーメトリクスの冷徹な数字ではなく、ほんの少しの温もりとして心に貯金することだ。

外では、東大阪の工場地帯が目を覚まし始めている。

鉄を打つ音、トラックが走り去る音。

 

それは、ブラピがスカウトたちと激論を交わす怒号よりも、ずっと優しくわたしの鼓膜を撫でる。

「ふぅ……。結局、人生は『マネーボール』みたいに計算通りにはいかない。けれど、自分が『価値がない』と思い込んでいた部分に、誰かが価値を見出してくれる。それだけで、明日もまたミナミの打席に立てる気がするんだよね」

 

 

 

 

 


本日のリザルト(スタッツ)

  • 出塁率(リピート率): 8割(特定のアニヲタ層に限定)
  • 守備範囲: 浅草からミナミ、果ては二次元まで
  • 使用したドーピング: ストロングゼロ、ファミマのつくね棒(追加投入)
  • 現在のメンタル残りHP: 2(※寝れば全回復する仕様です)

さて、ブラピの苦渋に満ちたイケメンフェイスを網膜に焼き付けたまま、わたしはカーテンを閉める。

 

太陽という名の「光属性の暴力」から身を守り、深い眠りという名の「ベンチ」へ。

次に目が覚める時、わたしの「出塁率」は、また少しだけ上がっているだろうか。

それとも、単なる「飲み過ぎによる打率低下」を招くだけだろうか。

……まあ、それはその時のデータに任せるとしよう。