デイケアサービスのボランティアに行ってきた。
やっぱり、自分の身内に認知症の方がいたとしたらとても怖いだろう。
まずは、一番立派でいてほしい「親」が認知症を患ったときのことを恐怖に感じた。
さっき、楽しくお話したよね?
今、つながりができたよね?
でも、席を立ってまた戻ってきたら、
あら。あなたは初めて見る顔ね^^と笑顔で言われちゃうと、
表面的には笑ってみたけど、怖かった。
記憶されないって、どれだけ不安なんだろうね。
覚えていないから、何とも思っていないかな?
まだ、私は人として未熟すぎる。
子供に対しても大人に対しても。人に対して受け入れることがなかなかできない体質なのかもしれない。
何かをして、喜んでほしいと思っても、もしかしたら本気で喜んではいないかもとか、
私に別の何かを要求しているのもしれないとか、疑いまくってしまう、私の悪い性質。
心から慕ってくれる人には、開けっぴろげでいられるのだけど、
普通の仲良しの友達と言う人に対しては、
仲良くしているのだけどどこかガードしている私がいる。
兄弟でも親でも、きっと私の頑丈な警戒心を解き放ってくれることはできないだろう。
こんなに、人を信用できないなんて私は、人として生まれてきたのにもったいないと思う。
純粋に人を信じることができて、信じることをやってみるんだったらどれだけ楽チンだろう。
こうしたらいいよ こうしなさい。 と言われたらそれだけをやる。
そしたら、きっと楽チンだろう。
でも、私の脳みそは言うことを聞かない。
すぐ警鐘を鳴らす。
ガンガンなっちゃうぐらい、ドキドキすることもある。
ここに突っ込んだら抜け出せない。
だったら、とことん 意地悪しちゃえって。
でも、怖くてできない私が、踏ん切りつかない めんどくさい人間を演じる。
ま、ようするに、なんでもビジネスをしてしまう人って 「やり手」って言われるんだけど
私はそのスピードについていけないし、怖いと思う。
どこかでだまされてしまうのではないかしらってね。
慕っているうちは親切にしてくれるけど、手を離れたら、一瞬で険悪になってしまったりするのを見ている私は怖いと思うわけ。
私はそういう人になるのだけはいやなんだよね。
だから、ボランティアと言うのは、本当の意味でビジネス相手を探すのではない心を癒してあげられるような手伝いをするだけにとどめておこうと思う。