私は小さい頃死にたいだとか死という概念を悪のように思っていた、その為簡単にタヒねという言葉を人に吐ける人がすごく嫌いだった。簡単に思う人が嫌いだった。
※結論が見たい方は下へスクロールしてね❣️
でも気づいたら、相手ではないが自分に対してその感情をいて、何回も反芻していた。
「私なんかタヒねばいいのに」と
思うようになったのは出来の良い妹や他人から抱いた劣等感とできないことに自分自身が落胆して、出来損ないとしか思えなくなっていた。気づいた時には学校にいけなくなっていた、
「タヒにたい」が愚痴グセになっているし人前でも無意識に溢れるようになっていて、ここが一番下だと思っても、どんどん、下に、下へ、と更に下があった。
話がそれてしまって本題
個人的に思う死への感情の段階は
1、単純な恐怖と生への執着希望
タヒにたいという感情はなく、死へは恐怖があり生きることへ執着と希望を感じている
2、死にたくない理由故の生
死を意識した時、明確なやりたいことがあり生を選択する。
3、死への漠然な恐怖の薄れ、心の安寧
死への恐怖が薄れ、本当に辛い時の逃げ道として、逃げ道があるのだと心が軽くなる
これから下は私はまだ感じていないからわからないし、もしこれをみた人が感じたら段階があったら教えてくれると嬉しいです
この駄文を最初からの人も最後だけの方も読んでくださりありがとうございました。