前回の作品 『 光の受胎 』 ですが、あれを描いたとき、すごく山が噴火するイメージが出てきて、量子が生まれたような感じの丸の中に、山が噴火しているような様を描きました。

その山は険しい感じではなくとてもなだらかな山で、「別に山が好きじゃないのに、なんでこれを描いているんだろう・・・」とか、思いながら描いていたことを憶えています。

それから2日ほど経って、阿蘇山が噴火したんですよね!?

後からむりやりこじ付けのように感じるかも・・・ですが、私的には正直、ちょっとビックリしました!

予知なのか、表現してしまったので創造に加担したのか・・・心境はちょっと複雑ですね。。。 ( ̄ー ̄;

初っ端から余談ですが、取りあえず面白い体験だったので、シェアさせていただきました♪


今日UPする作品は、4日前に完成しました。

今回は珍しく一眼レフで撮影し、すぐにブログにUPしようと思ったのですが、写真が投稿できず・・・(一眼レフの写真はアカンみたいです!ショックでした・笑)

face bookの方は投稿できたので、仕方なくブログの方はそのまま放置状態。。。(;^_^A

ブログを楽しみにしていてくださる方々、ごめんなさ~~い!!デシタ (;´Д`)ノ


どうしたもんか!?と考えても策は思い浮かばず、仕方がなく次の日、いつものように携帯で撮影し直したのですが、その日はちょうど曇りで、作品に光が当たり過ぎなく(色は相変わらず違うのですが)明暗についてはとってもいい感じで生に近い雰囲気で撮れたように思います。

では、早速UPしまーーす!!


 
タイトルは 『プローテンノイア』 です。

ヌーソロジーをご存じの方はお解りかと思いますが、グノーシスの思想に登場する教えですね♪



私はプローテンノイア


父の中に存在する思考である


私は万物に存在する運動であり 万物は私の中にあって成り立っており
成ったものの中の最初に生まれた者


万物より先に存在し 三つの名(父と母と子)で呼ばれているが ひとり全き者として存在する

私は見えざる者の思考の中にある見えざる者

私は測り得ざる者 言い得ざる者の中に顕れてはいるが・・・

私は達し得ざる者 達し得ざる者の中に存在し あらゆる被造物の中で動いている

私は私のエピノイアの命であり あらゆる力とあらゆる永遠の運動の中に存在する

<ナグ・ハマディ文書> ~プローテンノイアの教えより~ 



この文章を知ったとき、強烈に惹かれました。

そして、ずっと忘れていたのですが、前作でヌースのヴィジョンを作品にしてから、なぜかこのプローテンノイアという言葉が脳裏に浮かびはじめ、ヴィジョンが見えはじめました。

描きながら、「プローテンノイア、プローテンノイア」 とこの言葉に憑りつかれたように、ずっと繰り返しつぶやきながら完成に至った次第です。。。(なんかヤバい!??・笑)


現在、またヌースをキーワードにした作品を描いています!(もう止まらない状態!!アハハ☆)

いやいや、ヌーソロジーは本当に面白くって、知れば知るほど納得!!

そして意識の変革がどんどん加速されていくように思います~~゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

半田さんがおっしゃっていた 「ヌースは魂を彫塑していく」・・・この意味が実感となって感じられる意識の哲科学ですねっ!♡\(^o^)/♪♪♪




 
※アクリル画 F20号(72,7×60,6㎝) 麻張りキャンバス



私は最近、『 愛 』 という言葉を、ほとんど使わなくなりました。

そのきっかけは、『 愛 』 という言葉には、多分に概念を含んでいるように感じ始めたからです。

多少つかえる(認める)ようになった今でも、その違和感はずっと変わらず深いところで感じています。

そして、最近、その感覚を絶対的納得のいくものにする、上記の 『 プローテンノイア 』 のような衝撃的な文章と、それにまつわる歴史的史実に出会ったのです。(もちろんこれはヌーソロジーを通してです)

それについて極々簡単に書きますと・・・

キリスト教以前にグノーシス思想というものが存在していました。

グノーシスとは、『 知識 』 という意味です。(もちろん、今のような知識の意味ではなく、霊智のような意味だと捉えてください)

これは紀元前200年~紀元後200年くらいの間、地中海辺りの常識的な思想で、かの有名な偉大なる哲学者の父プラトンも、もちろんこの思想を唱えていました。

この時代、メインの宇宙観は、グノーシスの宇宙観だったのです。

そして、このグノーシスでは、『 愛 』 よりも更に重要なものは、『 知識 』 (霊智)だとされていました。

このグノーシスを学ぶことが、学問とされていたのです。


このグノーシスの基本原理は、『人間は霊的な存在であり、再び神へと帰還する存在 』 だったのです。

そしてかのキリストも、本来はこのグノーシスを継ぐもので、原始キリスト教はこの『 知識 』 の教えを説いていました。(死海文書が発見されて解ったことです)

しかしこの教えが、とっても難しかったんですね~~!ヽ(;´ω`)ノ


ここで、今のキリスト教会普及の立役者、パウロが登場します。

彼は初め、キリストとその弟子たちを迫害していました。

それが後にキリストの弟子となるのですが、、、これは“ダマスカスの回心”として有名な逸話なので、ご興味のある方は調べてみてください。

その彼がとても策士な人物で、キリスト教団を大きくさせようと必死になります。

そして新約聖書を作り、キリスト教普及に努めるわけなのですが・・・


実は彼が造った聖書には、原始キリスト教が語ってきた 『 知識 』 に関するところがすべて削除されてしまったのです。

そう・・・まったく霊智については触れられていないんですね!

それはなぜか!?

『 愛 』 というものが解り易く、人を集めるためには、愛一元論が広めやすかったからなんですね。。。

要するに、人をコントロールするための手段として、教えを変えちゃったんです!!

「まったく、大変なことをしてくれたもんだなぁ~~」と、キリストはきっと嘆いているだろうな~~(笑)

いやいや、それさえも完璧なシナリオだったとは思いますけどね。。。うん! 


ということで、教会の下、人々を支配していくために、その手段としてキリストの教えは変えられ、その後、グノーシスの教えを継ぐ者たちは、すべて教会(十字軍)に虐殺されました。

新約聖書で謳っている “汝、隣人を愛せ” という教えとは真逆のことを、これでもかっ!ってくらい徹底して行使し、キリスト教は作為的に世界を手中に治めてきたんですね。。。

アーメン。。。( ̄人 ̄;;


そして時代は流れ(この時空間の世界で言うと・・ですが(^_^;)) その 『 知識 』 を根底に携えた意識進化学問が、今まさにこの時代に甦ろうとしています!
※意識進化学問は私の造語です アシカラズ<(_ _;)>

科学、哲学、神秘学、精神世界・・・それらすべてを網羅し、元々一つだったこれらの学を再統合させる思想学・・・

それがヌーソロジーです!!

ヌースは、今まで物質世界にしか焦点を当てていなかった、現在の科学や物理学の考え方をひっくり返す最新の進化学問です。

昨日face bookの半田さんの記事にコメントし、その返コメにこういうことが書かれていました。

「自分自身が素粒子へと変身を果たしたとき、そこにどのような世界の風景が見えてくるのか。男も女も消えて、生と死も消えて、善と悪も消えて、新しい天使たち(※1)が続々と出現してくる。そういう世界にしていきたいですね。」

この言葉を読み、思わずうんうん!!と頷いてしまいました♪

本当にその通りですね~~♪

私にできることは、本当に微力かも・・・ですが、これからもヌーソロジーを少しでも多くの方々に興味を持っていただけるよう、尽力していきたいと思います!!\(^o^)/♡


(※1) グノーシスの宇宙観では、土星の彼方にピュトスという霊の統一体のようなものがあって、そこから人間は物質的流れに乗って地上に堕ちてきた・・・とされている。 これは、世界を創造していく天使である。