どうしてもPCが変わるときにデータを失ってしまう。(T_T)
前回に引き続き過去に活字になった文章をアメブロさんのサーバーをHD代わりに使わせていただきます^^
文章はカチカチに硬いですから関心の無い方は読まないほうが健康には良いですよ^^
****************************************************************
『国籍について』
私たち韓国人は1910年の日韓併合により国民全員が『日本国籍』となりました。その植民地時代に土地調査事業や強制連行により多くの韓国人が日本に渡り、終戦を迎え帰国できる人は帰り、日本に残った人と帰国後また日本に戻ってきた人達が所謂在日韓国人ですが、終戦後であってもこの時期はまだ『日本国籍』です。この次期1945~1952年までの在日韓国人の立場は非常に不安定であり、選挙権は『当分の間、これを停止』され、教育は国民の義務であるとして『朝鮮人学校閉鎖命令』が発動され、『外国人登録令』によって管理される『日本国籍者』でした。
しかしこの不安定な国籍(日本国籍でありながら外国人登録をする)も1952年のサンフランシスコ平和条約発効に伴い、法務省の一片の通達によって国籍を選択することもできずに日本国籍を喪失し、完全に外国人となったのです。韓半島から渡ってきた人はもちろんのこと、日本国籍者として日本で生まれ日本の学校に通い、すでに成人になっている人もいましたが、全て一方的に日本国籍を剥奪され外国人となったのです。
歴史にもしもはタブーですが、1952年に在日外国人に国籍選択の自由が与えられ、自分の望む国籍、韓国・北朝鮮・日本のどれでも選択でき、その後数年間も一定の規則にのっとり国籍を選択できたなら、その後の日本における在日外国人の待遇、人種差別・部落差別問題は現在とはまったく異なるものとなり、日本という国が真の国際化というものを知り、国際社会の中でも孤立していくことは無かったのではないかと思われます。
そもそも国籍とは、その国に在籍しているというだけのものであって、民族の定義のように同じ文化風習を持つ人種の集まり云々というものは無いと思っています。しかし日本も韓国も単一民族国家であるという誇りのようなものを持っているため、日本に住む私達韓国人はその思いが特に強く、民族と国籍の定義もわからずに国籍イコール民族と考え国籍を帰ることは民族を捨てることのように錯覚されてきました。それにより日本国籍を取得した人たちを裏切り者のように言い、当事者たちも後ろめたさを感じてきました。また、日本国籍を取得するために帰化制度も踏絵的であり、現在の民族性を捨てて立派な日本人になりなさいという感じです。しかも申請中に駐車違反などの軽微な罰則により申請を取り消されるということは、「駐車違反をするような人は日本人にはなれません。日本人にはそんな人はいませんから」と言っていることと同じです。なんと傲慢でしょうか。
このような政策と錯覚に縛られ私たち在日韓国人は解放後60年が過ぎ、4世5世の時代になろうとしているのに60万人もの人が韓国・朝鮮籍を維持し、歪ながらも一つの新しい民族を形成しています。
私は数年前に国会に現れてきた「簡易国籍取得法案」というものを否定していません。もちろんこの法案が「在日外国人に対する地方参政権の付与」潰しではなく、「同化政策」ではないという前提の下でです。「簡易国籍取得法案」とは新たな国籍選択の自由が与えられると思っています。しかしこの50年という歳月が私たち在日の中で、特に2世3世にとって国籍が生活上の便宜的なものではなくなり、感情的なものに変化してきたということが、この法案を生理的に否定する方向にあります。
国籍差別というのは、すべてが選択の自由の制限です。選ぶことができず、することもしないこともできないのが制度的な差別です。この差別が根本的になくなるのですから、後は個人の選択の自由です。そして日本国籍を取得した人達が、その後日本人になり切るのか、それとも韓国系日本人として生きていくのかが、在日韓国人にとっての本当に最後の選択でしょう。