ブログネタ:誰かと一緒にいたいとき、1人でいたいとき、どっちが多い?
参加中今までほとんど『一人になりたい』と思ったことがありません。
ブログネタ:誰かと一緒にいたいとき、1人でいたいとき、どっちが多い?
参加中前回『俺は進化してるんじゃないのか』みたいな
内容を書いて、その後ふと思ったんです。
『そういえば近頃肩こりが激しくて、肩甲骨の辺りが
こわばって痛いのは、いずれ翼が生えてきて
90才になる頃には空を飛べるんじゃないかいな』と。
しかし、そこではたと考えました。
僕は幼い時からすごく耳が大きくて
『お釈迦様』とか『ダンボちゃん』とか言われるほどでした。
その上また耳が動くものですから、近所のオバちゃんたちが
うちに遊びに来ると「耳を動かしてごらん」とか言うんです。
動かしてあげると、喜んでその耳を触りながら
お小遣いをくれていました。お賽銭のように。。。
耳を動かすことができる言うことは
人間の進歩の名残なんですね。
例えば『尾骨』や『体毛』なんかのように、
必要が無くなたからいらなくなったのに
まだ残っている。みたいな。。
そのことが少し気になっていたので、
娘が5歳くらいになった頃聞いてみました。
「耳動かせる?」と。
するとちょっと顔をしかめながら
眉毛を動かしたり目をつぶったりしながらも
すぐに動かせるようになりました。
そしてとっても嬉しそう。
僕はちょっと嬉しくて、かなり悲しそう。
『なんや進化しとらんやん!』
その後も二人でふざけながら
耳の動かしあいっこをして遊んだりしてたんです。。。
それから月日が流れて、去年。
小5になったの娘がちょっと自慢げに言うんです。
「アッパ(パパ)、右耳だけなら片耳動かせるようになったよ」と。
『ええぇ~~~!退化しとるやん!』
耳を動かせる方はやってみてください。
片耳動かすのがどれだけ難しいか。
我が家の家系は20代ぐらい過ぎた頃には
サルになってると思います。
100代ぐらい過ぎると海を泳いでいます。
ダーウィンに対抗して『ミホークの退化論』を実践していきます。
もちろん僕が空を飛ぶことも、たぶん無いでしょう。(ノ_-。)
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参加中近頃ちょくちょく考えることだけど、
今回の大震災によって改めて考えるようになった。
生きることと死ぬこと。
まぁ、生きること。
なぜ生きるのか?なぜ生きているのか?
なぜ死ぬのか?なぜ死ぬのに生きるのか?
幸せと不幸せ。
楽しみと苦しみ。
などなど。。。
でも今回のような大災害が起こるたびに
自分の非力さ、無能さを痛感して、
心か痛くていらだたしさを感じる。
心は苛立ち、痛いのに普段と何も変わらない生活を送っている。
僕は運が良かったのかな!?
災害にあわれた方は、運が悪かったのかな?
病気で死んだり交通事故で死んだりするのと
こういう災害で亡くなったりすることに違いがあるのかな?
“命あってのものだね”“生きてさえいればいい”のかな?
ある男性にレポーターが聞いていました。
「誰を探しているんですか?」
「妻と子供と両親です」
捜索の結果はわからないですが、
もし、もし、妻も子供も両親も亡くしてしまったとしたら
その男性の今後の人生はどうなんだろう?
時間が癒してくれてリセットできるのだろうか?
いっそ、自分も死んでしまったほうが、幸せか?
何十万人もの人生を一瞬で変えてしまった
この災害をどう考えればいいんだろう!
それでも僕は温かい部屋でコーヒーなんか飲みながら
ブログに勝手なことを書いている。
意外と頭の中は川島英五の『天秤ばかり』が流れ続けています。
多くの亡くなった方のご冥福と
被災され不自由な生活を
余儀なくされている方々にお見舞いを申し上げます。
金銭的にも肉体的にも何も支援してあげられないので、
もう少し落ち着いた頃に献血にでも行きます。
文字通り血を分けて差し上げる以外何も持っていません。
文章中に被災者の方々に対し、失礼な点がありましたら
お詫びいたします。
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