古本屋で何か良い本がないか探していたところに目に入ってきたのが「詩都 和宮」(しと わのみや)・日坂洋吾、宇海六平共著・さきたま出版会です。
私が興味をもったのはこの本のタイトルである「詩都 和宮」の和宮(わのみや)のところです。
和宮といえば普通は皇女和宮を連想して「かずのみや」と読む人がほとんどであると思いますが、この本では「わのみや」と読んでいます。
私の住む、埼玉県さいたま市は浦和市と大宮市と与野市が合併して2001年5月1日に成立、そして2005年4月1日には岩槻市を編入しています。
当初に合併した浦和市と大宮市と与野市のうちの浦和市と大宮市は合併する以前は長年にわたって商業・文化・スポーツなどで一種のライバル関係として地元では知られていました。
この「詩都 和宮」が出版されたのが1999年(平成11年)ですから、さいたま市はまだ成立していません。
そして浦和市の和(わ)と大宮市の宮(みや)を合わせた和宮(わのみや)を合併成立の市名として読ませてさらに皇女和宮の和宮にかけています。
実際の市名公募では浦和市と大宮市と与野市が合併するときの市名の候補の1つとして上がっていた中で和宮に近い候補名が和野宮です。
この和野宮とは浦和市の和と与野市の野と大宮市の宮を合わせた和野宮を意味しています。
そして「詩都 和宮」の本の内容とは直接関係ないですが私が直観したものは
①前回の「大和と武蔵」で2極性を中心に取り上げましたが今回の和宮にも2極性(2元性・2重構造)の原理が働いています。
和 - 女性・母性原理 - 多様性・多面性・複雑性・階層性(Hierarchy)
宮 - 男性・父性原理 - 単一性・統一性・絶対性
日本人に息づく和の心、和の働き、和の原理があります。
この和とは聖徳太子の「和をもって貴しと為す」(わをもってとうとしとなす)とは憲法十七条の第一条に出てくる言葉です。
その意味は一般的に人々がみんなお互いに配慮、尊重して仲良く調和することが最も重要であると言われています。
和とは女性・母性原理であり、ここから多様性や階層性が生じます。
そして和の他にもう1つあります。和宮の宮です。宮は和の対であり、男性・父性原理である単一性・統一性・絶対性を表しています。
②和宮の宮は皇室の宮家のことです。皇室の宮家である皇族を男性原理(軸・中心)を表すとすれば、国民は女性原理(周辺・周囲)を意味します。
宮家と国民である男性原理と女性原理の2つが統合されて1つとして機能します。
③宮大工とは神社・寺院・仏閣の建築や補修に携わる大工です。一般の建築物の関係者や住宅の大工とは異なります。
宮大工と皇室の宮家は関係ありませんがそれぞれの宮が意味するところは男性・父性原理を表しています。
大工の息子イエス(大工=宇宙の建築家)やフリーメーソン(直訳すると自由な石工)などは現在の西洋建築、そして文化の基礎となっていて岩や石である鉱物が土台になっています。こちらの方は鉱物界と関係します。
日本の建築は木材である植物が基本です。こちらは植物界と関係します。
鉱物界 - 男性・父性原理 - 硬直・固定・静止
植物界 - 女性・母性原理 - 柔軟・流動・流体・生命
④これからの日本の国としての使命・役割の1つは鉱物界(男性・父性原理)と植物界(女性・母性原理)の統合をすることです。
皇女和宮の和と宮は女性・母性原理と男性・父性原理の統合を意味するだけではありません。
幕末から明治維新に至る流れを日本人だけではなく世界各国を巻き込み人々を突き動かした衝動の源は皇女和宮から生じたと感じます。
⑤2極性の原理は今回取り上げた皇女和宮だけではなく男女の性別関係なく働いています。
2極性(Positive・肯定・男性・父性原理とNegative。否定・女性・母性原理)の間に3番目(Neutral・中和)の要素として自分が存在します。
2極性の間に位置しているのでどのように物事が進むかは自分次第といえます。
何もしなければ自分と関係なく2極性の動き・働き次第で決定します。
自分に働きかける事・意識的な努力を忍耐強く継続していくことで、自分が必要な人・物・チャンスを引き寄せます。
この場合も2極性がありますから必ずしも自分にとって望ましい事とは限りません。言わば飴と鞭です。そこで自分が如何にバランスを維持して進めるか試されているといえます。
自分に働きかける事・意識的な努力は誰かを崇拝したり、後を追従する事なく、人や物に必要以上に依存しない行動が最初はたとえ僅かでも持続することにより、いずれ自分の能力とセンスを開花させる事が可能になり自分自身の2極性の統合が実現していきます。
私が興味をもったのはこの本のタイトルである「詩都 和宮」の和宮(わのみや)のところです。
和宮といえば普通は皇女和宮を連想して「かずのみや」と読む人がほとんどであると思いますが、この本では「わのみや」と読んでいます。
私の住む、埼玉県さいたま市は浦和市と大宮市と与野市が合併して2001年5月1日に成立、そして2005年4月1日には岩槻市を編入しています。
当初に合併した浦和市と大宮市と与野市のうちの浦和市と大宮市は合併する以前は長年にわたって商業・文化・スポーツなどで一種のライバル関係として地元では知られていました。
この「詩都 和宮」が出版されたのが1999年(平成11年)ですから、さいたま市はまだ成立していません。
そして浦和市の和(わ)と大宮市の宮(みや)を合わせた和宮(わのみや)を合併成立の市名として読ませてさらに皇女和宮の和宮にかけています。
実際の市名公募では浦和市と大宮市と与野市が合併するときの市名の候補の1つとして上がっていた中で和宮に近い候補名が和野宮です。
この和野宮とは浦和市の和と与野市の野と大宮市の宮を合わせた和野宮を意味しています。
そして「詩都 和宮」の本の内容とは直接関係ないですが私が直観したものは
①前回の「大和と武蔵」で2極性を中心に取り上げましたが今回の和宮にも2極性(2元性・2重構造)の原理が働いています。
和 - 女性・母性原理 - 多様性・多面性・複雑性・階層性(Hierarchy)
宮 - 男性・父性原理 - 単一性・統一性・絶対性
日本人に息づく和の心、和の働き、和の原理があります。
この和とは聖徳太子の「和をもって貴しと為す」(わをもってとうとしとなす)とは憲法十七条の第一条に出てくる言葉です。
その意味は一般的に人々がみんなお互いに配慮、尊重して仲良く調和することが最も重要であると言われています。
和とは女性・母性原理であり、ここから多様性や階層性が生じます。
そして和の他にもう1つあります。和宮の宮です。宮は和の対であり、男性・父性原理である単一性・統一性・絶対性を表しています。
②和宮の宮は皇室の宮家のことです。皇室の宮家である皇族を男性原理(軸・中心)を表すとすれば、国民は女性原理(周辺・周囲)を意味します。
宮家と国民である男性原理と女性原理の2つが統合されて1つとして機能します。
③宮大工とは神社・寺院・仏閣の建築や補修に携わる大工です。一般の建築物の関係者や住宅の大工とは異なります。
宮大工と皇室の宮家は関係ありませんがそれぞれの宮が意味するところは男性・父性原理を表しています。
大工の息子イエス(大工=宇宙の建築家)やフリーメーソン(直訳すると自由な石工)などは現在の西洋建築、そして文化の基礎となっていて岩や石である鉱物が土台になっています。こちらの方は鉱物界と関係します。
日本の建築は木材である植物が基本です。こちらは植物界と関係します。
鉱物界 - 男性・父性原理 - 硬直・固定・静止
植物界 - 女性・母性原理 - 柔軟・流動・流体・生命
④これからの日本の国としての使命・役割の1つは鉱物界(男性・父性原理)と植物界(女性・母性原理)の統合をすることです。
皇女和宮の和と宮は女性・母性原理と男性・父性原理の統合を意味するだけではありません。
幕末から明治維新に至る流れを日本人だけではなく世界各国を巻き込み人々を突き動かした衝動の源は皇女和宮から生じたと感じます。
⑤2極性の原理は今回取り上げた皇女和宮だけではなく男女の性別関係なく働いています。
2極性(Positive・肯定・男性・父性原理とNegative。否定・女性・母性原理)の間に3番目(Neutral・中和)の要素として自分が存在します。
2極性の間に位置しているのでどのように物事が進むかは自分次第といえます。
何もしなければ自分と関係なく2極性の動き・働き次第で決定します。
自分に働きかける事・意識的な努力を忍耐強く継続していくことで、自分が必要な人・物・チャンスを引き寄せます。
この場合も2極性がありますから必ずしも自分にとって望ましい事とは限りません。言わば飴と鞭です。そこで自分が如何にバランスを維持して進めるか試されているといえます。
自分に働きかける事・意識的な努力は誰かを崇拝したり、後を追従する事なく、人や物に必要以上に依存しない行動が最初はたとえ僅かでも持続することにより、いずれ自分の能力とセンスを開花させる事が可能になり自分自身の2極性の統合が実現していきます。