遠い以前に耳にした曲がラジコで流れていた。

「よびかけはしない」と,なのに

「少女よ泣くのはおやめ」

若いころ何の気なしに,意味を考えなかったけれど,

なぜ,よびかけないのか,なのに,どうして少女によびかけているのか。

また,海とかあかりとかどう関係するのが。

検索すると,同じように疑問を持った人がいたようで,数個の質問と回答があって,

なんとなく,そういうことと理解。

親戚,偉い人と距離を置くそうだ。青春だから。

大人になれていない。なつかしくなった。いつごろだったかも覚えていない。

 

すると,あのときのあの流行歌がこころに浮かんできた。

「就職もきまって」,自分も就職が決まったころかな。自分も髪を切りました。

その半年前には,「輝いた君への贈り物探すつもりだ」

「東へと向かう列車で」,その時の友人は,下宿して大学へ通ってたから,

彼の故郷から東京へは東へ向かった。まあ,恋人もできるころあいだったかな。

それから,数年,「この永い冬が終わるまでに,何かを信じて生きよう」

「何かを信じて生きて行こうこの冬がおわるまで」

そして,会社を辞めて,信じることで数年後,資格なんか得て,

人生の半分以上の年年が経った。

自分にとって,青春の頃より,半分以上のこの人生のほうがよかった。

青春は迷いや過ちがつきものだった。

青春のころの家の金銭面での貧しさを改めて知った。

 

 

 

 

 

自分の人生を振り返るようになった。

ただ振り返っても,いいのかどうかわからない。

息子の成長と自分を比較してみる。

なにが中心だったか。やはり生きるということのために。

随分,アルバイトをやった。なにをしたかわすれるほどだ。

だから,社会にでても,生きて生活できるにはと無意識に思っていた。

やはり,そのことが自分を一変させた。

それまで,ワンランク下の学校に通った。進学もワンランク下。

それで,どんどんランクが。でも優秀なものの中に不出来がいるよりも,

不出来のなかにちょっとなにかの者のほうが生きやすい。

資産がありすぎて税金とられるより生きれるだけのほうが楽だ。

人とうまくできる者どおしで動く社会に対し,

戦争が解決手段のロシアでは人とうまくなんてありえない。

 

こころの正しい人々は,やさしく語りかけることを知っているが,

しかし,邪悪な人間はいつもひとのこころを傷つけることを言う。

 

邪悪な人間の言葉には暴力が隠されている,よい人間は称賛を受け止める。

 

愚かな人々は,自分達の間違いに配慮しない。

良い人間はそのような時ごめんねと許してねと思う。

Foolish poeple don't care if they sin, but good poeple want to be forgiven

以上はユダヤの言い伝え。

日本人もこころならず,言葉にはいわないけれど,その配慮があるとおもうけれど,

ユダヤにはそれが文字になっている。

日本では気づている人のこころのなかにあるだけ。

 

 

 

あのころ,これから何年かたつと,自分がどうなるんだろうと思っていた。

そんなときに,その場所が売りに出て,引っ越した。

あれから何年たっただろうか。

自分がどうなるんだろうと思ったあのときのその時期が今だろう。

なんだか年金におおいに助けられている感じ。

機能的にはそれほど時のたった感じもしない。

ただ,子供らが成長し,自立した。

時は戻らないが,偲ぶことはする。

あのころからは,効率のよい日々になっている。

趣味は増え,それぞれこなしている。

よく継続し生活してこられたもんだ。

いつも意識していないが普通の自分を。

病気で入院したときもあった。2回の入院だった。

でも,ここに引っ越したから,無理なこともなく,

ほどよくこなしてこれたんだ。

購入注文した自動車が来ない。

 

若かったころ自分が世話になった人の訃報が届く。

世話になった人は実はたくさんいたので,昨年の暮れにも,

別の世話になった人のそういうお知らせが来た。

世話になった人は,私が仕事し始めの頃なので,

皆,自分より年上だ。

自分もこんな年齢になり,それよりも年上だから,

世話になった人のそういうお知らせがたくさん来る。

最近のお知らせはその原因が記載されない。

以前のそういうお知らせに原因がないとき,そう考えられていた。

そういえば,自分より若い人の,その人の親の話を聞く時がある。

その人の親がいくつで,なんでこの世を去ったかなど聞く。

そのいくつが,考えると,自分より若かったりして。

そういう自分に向かって,無理しないようにとささやく。

むりするのでなく,ゆっくりする年齢なのだ。

中陰という小説読んだことある。

人の最後はとても幸福感でみたされるそうだ,と勝手に解釈している。

若かったころ,何かすべきことをいつも探していた。

もうそんなことをしてはいけないんだ。

 

なにもしないのでなく,じっとしているとほっとする。

作業を人が手伝ってくれている。

いままで,一人で没頭し作業に集中していた。

なんか,我を忘れ,自分がいなかった感じ。時を奪われていた。

その前,成熟期には人に指示したり多くの成果があったが

今の安定につながっている。

看護師さんに,高齢者っていつからですかと聞いた。

65才と答えたが,自分は客観的になった。

病気でもなく,疲弊でもないが,

健康でもじっとしていられるところに,こころも安堵する。

もう趣味程度以外に仕事という作業はしないかもしれない。

ないことが,幸せの基礎になった感じだ。

ないからいいんだ。

実はあるのに自分が作業しないのだ。

 

 

 

 

 

幼少のころ,何も持っていなかった。

くつも,ふくも,おさがりをもらって,男でも女の子のサンダル履いた。

少年の頃もツギのズボンをまとった。

思春期をすぎて,持たないことにした。

今考えれば,持たないことに喜びを感じていたのかもしれない。

大人になって,あまり持っていないのに,

時間だけは,自分だけのものになった。自活。

職がないのでなく,職を得てそれがすべて自分の物になった。

家も土地も自分の目に入るものは自分のものになった。

ただそれだけ。

物を持たない僧侶がいた。

同じように,財に価値を持たない神父など。

ある親戚が自分を見ていた。

そんな,何も持たない者のように,自分が見られていたみたい。

 

 

「人には必ず親がいる。」と前回書いた。

連日,ウクライナの記事ばかりだけれど,

トルコが孤児を受け入れという記事を見て,

どうして孤児になったんだろうと,ロシアを空想したら,

すでにその前に孤児になって,親のいない子供になっていたのを,

受け入れ先が見つからないから,

トルコがその孤児を受け入れらしい。

今回の戦闘で孤児になったのではないようだ。ほっ。

 

けれど,戦闘で市民の犠牲者がたくさんでているらしいし,

家族を失うのを聞いたりするのはいやだし,

戦闘をやめないあの人がいやだ。

そういうのを見ると,記事が世界中をめぐらして,

プ-チンが世界中を嫌な悲しい気持ちにさせていると感じる。

遠方で生きている自分はなにもできないけれど。

どうやったら戦闘が継続しなくなるんだろう。

自分の不幸でないけれど,

地球が不幸になってる。

地球を不幸にさせてるのは,あいつだ。

 

 

人には必ず親がいる。親子。

子が望んでいる必要なものや量を,自分はあたえられなかったと感じる。

親が片親になれば,量も減る。不足は叔父叔母などや祖父母からもらったと思う。

一方,自分子に与えたかを考えると,与えすぎて願望や努力を減じてしまったかも。

では,与えられても,与えないほうがいいのか。そんな親はいないだろう。

親は働いていて時間の接触が少なかったけれど,

叔母が江の島に行こうといって一緒についていったら,小田原についてしまったのを覚えている。

小田原からはまた電車で藤沢に着いて,江ノ電に乗ったが何をしたは忘れた。

その1年後だろうか,今度はその叔母と自分と叔父が自動車を運転してあの海岸に行ったのを覚えている。

確か,まだ泳ぎを覚えている最中だった。。小学校3年生くらいだろうか。

泳ぎを覚えたのは早いほうと感じている。

その自動車で,その時でないと思うが,誰かの自動車にぶつけられた記憶がある。

 


 

その叔父が自分の住んでいる家に来てくれたことがあった。

帰りは祖母の家に行こうと言って,途中,自分がまだ小学だったのに,バ-に連れて行ってきれた。

その叔父は,もういない。数年前他界し,この記憶は自分だけのものになっている。

魚釣りに行って,自動車のエンジンがかからなくなって,野宿をしたことがあった。

寒かった。たまたま犬を連れて行ったので,自分はそれを抱いて寝た。

 

 

 

 

たまには,思い出してみた。

年取れば,何も持てなかった子供の時より何か持つだろう。

自宅とか,車とか,その資金とか。

そのために築かれた良い時ばかりでなく,それ以外の時を思い出してみた。

自分であえてそうした時もあったけれど,自分の意図によらないでそうなったときもあった。

失敗の時はあった。避けられなかっただろう。

それによって実は学んだ。

何が大切かを,どうふるまうかを。

一つの区切りの数年前にあまり何もしないときがあった。

図書館ばかり行って。それが済むと,何をするかに向かった。

何をしていいか分からなかった学生時代もある。

でも,うすうす,次のことを無意識に向かっていた感じもする。

自分の意図によらなかったとき,子供幼少時代。何を得たか。

今思えば,人にできない経験をしたことだろう。

よいことに繋げるばあいもあれば,そうでない現実もあるんだろう。

良い時とその前か後にあるそうでないとき。

土台となり基礎となり繋がり築かれたんだろう。