昨日ツナ缶の縁で人差指スッパリ切れ込みいれました。

PCはラップトップだし、iPhoneは指紋認証に慣れてたので辛いです。







……どうもこんばんは雁ですヾ(@°▽°@)ノ




以前の記事『現代人の憂鬱。 』にて。

15歳にして忍びの一つの組を任されている少女の立場を、どんな名称であらわすか、読者の皆様に尋ねました。


結果は(総数が少ないものの)満場一致で「おさ」でしたヘ(゚∀゚*)ノ


あれからいろいろと、物語に出てくる武士団(?)、というか武家の職制を考えまして。

上手いこと「おさ」になりそうです(^ε^)

便宜上、振り仮名=読み仮名として 「長(おさ)」 と表記することになります。

昔、直接口で聞いて、「『おさ』が良いのでは?」と言ってくれたお友達もいましたが……。


「だから言ったじゃん(σ・∀・)σ」


て話ですわな(笑)

この記事見てたら言うよ。ごめん今になって決めました。



さて、あの記事のコメント欄で面白い――というか懐かしい話題があったので。


日本史における「女」って、何だったんだろう??


久しぶりに考えてみました。






古代、女の存在は非常に大きいものです。


興味深いのは、

陰陽説では男が陽、女が陰であるのに対し、此説の定着前の日本ではそれが逆であること。


分かりやすいのは『古事記』。

天照大御神は日の神で、月夜見命は月の――夜の神です(※1)。

婦人活動家の平塚らいてう先生がのちに、「原始、女性は太陽であった」と仰ったのは有名な話です。

あの言葉には様々な意味を見いだせると思いますが、一つには実際に太陽神であったことも含まれているでしょう。

勿論、国生みの女神・伊弉冉尊は死んで黄泉の国の支配者になったから、一概にそうとは言い切れません。


ただ、宮比神(アメノウズメ)以来、神事を司るのは女です。

卑弥呼(※2)然り……。

神子(みこ)は巫女、詰り、かんなぎ

神事は祭事、まつりごと即ち「政」です。

古代よりこの国では、律令を取り入れたあとでさえ政治に神事は深く結びついています。

それだけでも、ある特定の、ではありますが、女の地位が高くならざるを得ないことがわかります。




加えて、人が共同体を作り始めてから、「生み」を司る母なる女は大切にされてきています。

男も、女も、みな女の胎より生まれます。

彼らが飼っている家畜でさえ、雌は母なる存在です。

女は、繁栄をもたらします

自然の創造と再生に畏怖していた古代人にとって、「生み」の存在としての女は非常に重要なものだったと思います。


さらには、ヤマトの政権が複雑に・強固になっていくにつれ、母なる女には政治的な役割が付くようになりました

女は繁栄のしるし――。

娘を名家に嫁がせ、その家の後嗣を生ませることによって、姻戚の名に追随して得られる「おこぼれ」にあずかろうと考えたのです。「生み」の存在としての女は、利用されてきたのです。

そのため女の子供は多ければ多いほうが良く、その風潮は平安期・摂関政治時代にピークを迎えます。


しかし、女としての最高位――つまり「国母」への敬意や憧憬とともに、母としての女性は再び尊敬されるようになります。

貴族の家では、実の父や兄も、「姫」には尊敬語を使いますし。

天皇の母だけでなく、中世では高徳の僧、将軍の母や妻などもおおいに尊重されたようですね。





※1 素戔嗚命と入れ替わって大海原の神とする説も。

※2 尤も、卑弥呼自身を宮比神――ひいては伊弉冉尊とする学説もあります。








長くなりそうなので分けます。

続きはまた今度!!♪(*^ ・^)ノ⌒☆


01.04.2015

ここにきて、初めて音楽の話をしようかと。


先週、うちの れおんちゃん(推定120歳前後)をお泊りに連れていきました。











――わけわからんね。








訂正:「   」=わたしの愛するViolinを、調整に出しました。


いつもは長期休暇ごとに持って行っていたけれど、受験があったので冬はいかず。

およそ夏ぶりの来訪……まあ、みごとにエンドピン周辺の膠が剥がれとったのだが(笑)



いや笑い事じゃないですな。

結局二泊預けることに泣。ごめんよー。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


その後取りに行ったら、指板を五年間削ってなかったと聞いて……!!

そんな状態で5年もやってた自分と、あのお店に通い始めて5年以上経っていることに驚愕

そして改めて。

うわーん れおんちゃんごめんよー。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



おかげさまで今は元気です。(笑)







受験終わって、思う存分弾いてますが、うーーーーーーーーん

腕が落ちるスピードってこわい

H3の二学期は、どうしても習っていないジャンルをやりたくて、無理言ってシャコンヌやってましたが――、




よく弾けたもんだ(遠い目)




基礎からやり直してるとほんとに、今まで確立できていなかったんだなー、と。実感いたします。

音質だけ究めて、技術が追い付いてないーー><

今年はメンコン(^~^)

ぬーん

あっきらかに大学生活忙しそうなんだが、まともに練習できるのだろうか。

読んだり書いたり描いたりしたいしなー





そういえば、イギリスイギリスにいたときのわたしのVn.の先生は、フィンランド人フィンランド国旗でした




……




…………




………………









!?










v(^-^)vこすもぽりたーん










今年はシベリウスが あにばーさりー❤

今度はその辺の話もちょこっと。


よく分からなくなってきたので、けふはここまで(*^ー^)ノ





16.03.2015





タイミング。

スキル。

センス。






何のお話か、って?

そりゃ、わたしに足りないもの――













いやいや、確かに足りないんだけど、

そういうことではなくて。



和製英語とカタカナ語がもたらす、苦しみについて

(´□`。)

これが今日のお題です。





講談社文庫の山田風太郎忍法帖シリーズ①、『甲賀忍法帖』。

以前このブログでもちらっとお話したかと。


わたしが持っている、この第九刷に、浅田次郎先生の解説があります。

すばらしい非日常』と題されたこの解説で浅田先生が注目したのは、冒頭の1ページ目に登場する


「五メートルばかりはなれてむかいあった二人の男のあいだに交流するすさまじい殺気の波が、すべての人びとの視覚中枢に灼きつけられていたからだ。」


という一文でした。

先生は、普通の作家ならここは「三間ばかり離れて向かい合った」と書くだろうとおっしゃっています。わたしもそう思います。――というか、そう書いています、普段。


曰く、風太郎先生は漢字を徹底的に排除して平仮名を多用し、当時の単位ではなくメートルという、我々にとって親しみやすい尺度を用いることで、読者をぐっと惹きつける


衝撃でした。

敵わないと思いました。


浅田先生も似たようなことをおっしゃっていましたが、それが風太郎先生の真骨頂、本当の才能なんだと思います。

わたしははじめて『甲賀』を読んだとき、例えば引用した上記の一文を使えば、「交流」、「視覚中枢」、こういう語彙の扱いが先生の特長なのだと。

それも間違ってはいないと思いますが。

それでも、

平仮名を多くして時代小説の硬さをさりげなく取ったり

分かりやすい単位を使って読む人の脳裡にイメージを浮かびやすくしたり

そういう「絡繰り」が、風太郎先生の人気を支えているのだと、実感させられました。



――とはいっても。






……真似しようと思ったって出来るもんじゃないでしょ(拗)

。(´д`lll)






わたしは基本、台詞の言葉遣いはできるだけ現代風にして、

でも自分の表現力・世界観の不足を、当時の単位やらモノの名前で補っています。


まだまだ未熟ですね……。


でも、文章力がUPするまでは、これに頼るしかありません(泣)



そうすると、

冒頭で挙げたような、カタカナ語や和製英語の訳に、非常に困るのです。


こういうのは文脈によって、微々たるものですが意味に違いが出てきます。

「タイミング」一つとっても、「時機」「間(ま)」「瞬間」……いくらでもあると思います。

「センス」は「素質」「資質」とかかな。

「スキル」は――何だろう。

大抵は一日考えたり、周りに聞いたりすれば思いつくんですがね。

出てこないときはほんとうに出てこない

あれ、辛いです(笑)

次に進めないので。

良いのが見つからないと、ほんとに萎えます。

一気に気分が落ちる。

うーーーーーー


会話文は現代、でも地の文は違う。

そういうスタンスでも、あさのあつこ先生みたいに素晴らしい作品を出す方はいらっしゃいますから、見習わないとですね。



みなさんはどうなのでせう?

そもそも時代小説のようなものを書いてらっしゃる方は少ないと思うのですが、

どのように工夫していらっしゃるのか、是非お聞きしたいところです。

現代表現を使うタイプか、そうでないのか。


(。・ω・)ノ゙

ちなみに今、「リーダー」をどう訳すかで迷ってます。

(リアルな物書き友達のキミらは「まだ言ってんのか!?」と思ったかも)

15歳くらいの女の子を指してるんですがね、いやはやどうも……。


「頭領」? ちょっとゴツいですかね。ゴリラ臭ぷんぷん。ゴリラ

「首領」  ……問題外。

「頭(かしら)」  残念、ほかにそう呼ばれるお偉いさん(?)がおるんですわ。


なんか良いのないかなー。




所謂カタカナ語だけでなく、擬音語なんかも気になります。

これはジャンル問わずですが……。

平仮名を使うか、カタカナを使うか、漢字を使うか(!!)。

此方の場合は、見た感じの雰囲気ですよね、選ぶ理由。

平仮名は柔らかく、カタカナは「硬め」、漢字は「堅め」?

うーん、よくわからない。

物書きの方に是非アドバイスを頂きたい分野ですね。





というか

ください

頼んます。






そういえば、講談社つながりで思い出しました。

講談社文庫版の、『風姿花伝』買いました!!

まずは室町の民俗と倫理を研究して、じっくり読み進めていこうと思います。



では、ご意見・コメントなどありましたら、お気軽にどうぞ!




07.03.2015

(。-人-。)

受験終わった途端、古文読みたくなりました。

漢文も……。

(*゜▽゜ノノ゛☆





しかし、漢文の先生に、導入は『史記』からと言われたけれど。

レベルは良いとして――――長くね?(°Д°;≡°Д°;)




平安時代に紀伝道が発達して、奈良の頃より続く漢籍研究は大成されますよね。



勿論、遣唐使派遣中止で、漢籍の解釈が日本流になったのは事実だと思います。

仏教僧が何度も入唐してますが、所詮彼らが持ち帰った知識も、彼らの――日本人の――頭で理解されたものですから。

やっぱり室町以降宋の禅僧が伝えたものとは、根本的なところが違うと思うのです。



陰陽道だってそうでしょう。

唐土では道教だって儒教だって老荘思想だって、その根底に陰陽五行と干支が渦巻いている。

特定の思想がない人々の中にも染み着いている。

日本のアニミズム的な汎神論から発展した神道と、同じ部類でしょう。

尤も、陰陽道は本来の性格によって修験道と結びつく一方で、“その”神道とも結びついて独自発展をしてきたわけですが。



つまり、大学寮で教わるような四書五経を独学で学ぶのは、かなり大変ということです。

日本的解釈であろうとなかろうと「日本流」の儒学に知らず知らず漬け込まれているわたしたちにはハードルが高い

江戸時代には聖学が出たりしますが、それさえ「日本流」なんですから。

この国の律令・封建の流れを理解してしまうと、どうもかの国の「からごころ」をつかむのは難しい。



四書五経のうち、大学寮で真っ先に習うのは『大学』

学問とは、それを受ける姿勢とは。学生の倫理と学問へ向かう態度、その根底にある考えがとうとうと書かれています。

一年ほど前に挑戦しましたが……

(文法的な理解能力は除いたとしても、)

見事に挫折しました(笑)

『大学』が漢籍を学ぶ上でのとばくちになっているのは、レベルが易しいとか、そういうことではないです。

だって平安時代の人は、漢文から勉強するのですよ? 原文で。

わたしたちのように、現代文→古文→漢文と学ぶわけでもなし

文法も何もありません(笑)

言ってみれば、学問の入門書。現在なら、『まなぶ目的』なんて題名かしらん。

当時のわたしでは、(今もでしょうけど)その説くところがわからなかったわけですね(;^_^A



その点『史記』は。

長大で複雑なように見えますが、歴史に沿ってますから。

そのバックグラウンド・事実を大体知っていれば、意外にスラスラ読めます

物語だと思って

まあ、確かに長いです。

しかし最初から読み通す必要はないでしょう。かいつまんで、好きなところだけでも。




――てなわけで。

もし原文で漢籍を読んでみたい方、いらっしゃったら(いるのかな)

わたしも『史記』をお勧めします

レベルで言えば、『論語』、『荀子』、『朱熹』、このあたりは一部とっても読みやすいです。

でもメインは説話ですから、一冊丸々読むと気が滅入ります(笑)

三国志とか、有名なエピソードはたくさんありますから、『史記』のほうがとっかかりやすいかも。



如何です?(笑)





ちなみにわたしは今年、

『史記』のリベンジと『戦国策』に挑戦します(≡^∇^≡)




れっつ漢文!





長文+わけわからん話題で失礼しましたーーε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ






01.03.2015

皆さま、お久しぶりです。

覚えておいででしょうか?


ネットの世界の変化はまさに光速。ほんと光ファイバー。

三か月居ないだけで、ウェブのなかのわたしの周りは、目まぐるしく変わってゆくのです。

――まして半年のブランクは如何程か。

キャスフィでさえそうなのだから、これだけのユーザーを抱えてるamebaアメーバなら尚更でしょうねー。





とりあえず、受験生終了しました。

復帰です。





と、いうご報告に。

一部結果がまだ出ていないけれど、試験自体は終わったので。

はっきり言って、他の子たちと同程度にまじめに勉強したかというと、

もちろん本気で集中していたけど、ちょっと足りなかったかな。




まあそういうことは置いておいて。

ここはわたしの学生としてのブログではなく、わたしの趣味を一方的にぶちまける場所ですから

ヾ(@^(∞)^@)ノ

たぶん大学生になったらもっと没頭するので。

派手に再開しますよ。






徒然草子、(再)始動――。







今年は、


・『ろくでなし』 完結

・黒雲奇譚の本編第一話『七夕祭』up

・日本のアニミズム変遷研究

・切腹の倫理研究

・風姿花伝研究


が目標です((辛すぎないかオイ(笑)

どうぞのんびりまったり、お付き合いくださいませOo。。( ̄¬ ̄*)





27.02.2015


「渡り鳥の徒然草子」

朔月 雁