監督の名前は「役所広司」。
克実ちゃんの本の映画も作ってて、その映画自体はここで観たことあった。でも監督の名前までチェックしないもんなぁ。

「あいつが言うには、たってくさん居る学生の中でおまえさんが妙に気になったんだとさ。よっぽど印象深かったんだな」

すごく目立つわけじゃないが、どこか儚げでフッと消えてしまいそうな佇まい。
そのくせ、ふわふわ小さな幸せを楽しんでもいるような不思議な表情。
絶世の美女ならぬ美男!と言うより妖精。この世とは違う世界に住んでいる妖精のようだったと。

「べた褒めでなあ。俺にはにのちゃんは可愛い坊主にしか見えないが、やっぱ映画撮る奴は見方が違うんかねぇ」

克実ちゃんはしみじみそう言った。
「消えたりしねーし。妖精じゃねーし」と、俺を抱えたまーくんが、ブツブツ文句を垂れる。

「夏の終わり頃かな、その公開講座の写真を見せてくれたんだよ。それが全体写真であんまり鮮明じゃなくてさ」

監督が指さした学生が、俺に似ていると思ったんだって。それでもしかしたら…と、俺の写真を撮って監督に見せようとしたらしい。

「あいつも大学に問い合わせてみようとしたんだけど、今ほら、個人情報とかにうるさいだろ?」

克実ちゃんの言葉に、「写真だって個人情報!」と、まーくんがボソリとツッコんだ。
克実ちゃんは頭を下げ、写真を渡してくれた。そして俺たちの目の前でカメラのデータも消去したのだった。


自分たちの部屋に帰っても、まーくんは不機嫌だった。腹を立てる相手が、具合いの悪い自分のために救急車を呼んでくれた克実ちゃんだったから、余計にイライラするのかもしれない。

俺はというと、克実ちゃんが変態オヤジではなかったことにホッとした反面、あの監督さんが語った俺の印象の話に、なんだか落ち着かない気分になっていた。

だって「妖精」だよ?
どこをどう見たらそんなふうに思うのか。
俺にはマジで理解できない。全く理解不能。
なのに、かつて同じ事を言った奴がいた。
そう、あいつ。俺を襲ったあいつだ…。