そろそろ日暮れ時。
論文に熱中していた本郷博士のデスク上のモニターに、「ゆき」が現れた。

「まもなくニノさまの退勤時間です」

あぁ、そんな時間か。
博士はにのの脳の様子を確認し、明日の予定をチェックして、にのを呼ぼうとした。

「博士、すみませんでした」

「ゆき」に急に謝られて博士は手を止める。

「なんの事だ」
「あれから考えたのですが、わたし、余計なことをいろいろ言ってしまって、博士を怒らせてしまいました」

少ししょげている様子に、博士は椅子に座り直した。にのの人格を学習してから、表情が豊かになった気がする。

「別に怒っていない」
「でも…」

「ゆき」は胸の前で両手をもじもじ握り合わせて、もう自分はにのの脳の管理だけして、表に出てこないほうがいいのではないかと言う。

「秘書もメイドもニノさまがおられますし」

なんだなんだ。急にどうした。
俺に怒られて自信喪失でもしたのか?

確かにこれまで「ゆき」を叱ったことはなかった。そもそも咎め立てるような事がなかった。
今回はあまりにぶっ飛んだ会話にうんざりしたに過ぎない。そもそも、にのが余計な事を言うからじゃないか?
AIなのに自信を失うなんてと博士は不思議に思う。にのの影響だろうか。
だとしたら、それもこれもあいつのせいじゃないかと博士は少し笑ってしまった。

「博士?」
「今まで通りでいい。俺はおまえを信用してあの『奇跡の脳』を任せているんだ。おまえと直接やり取りできないと不便で困る」

わかりやすく「ゆき」の目がキラキラする。
絶対にのの影響だ。
でもそれも悪くないと博士は思うのだった。

「あいつのサポートをこれからも頼む」

いい感じで終わろうとしたその時。
にのが「はかせ〜、もう帰るね」とドアを開けて部屋に入ってきた。
とりあえず「友達か!」とツッコミたいところだが、この親しげな話し方がにのらしいとも言える。
あきらめ顔でにのに視線を移した博士は、ギョッと目を見開いた。なんと、にのの後ろには雅紀と翔の姿があるではないか。
博士は言葉を失い、椅子の上で固まった。