本郷博士はギョッとした顔で、にのの顔を凝視した。にのはやっぱりきゅるんと見返してくる。

「な、んだと?おまえ…そうなのか?」
「んふふ」

にのは両手で赤い頬を押さえて、小首をかしげてみせた。博士はイヤ〜な顔をしたあと、ハッとしてモニターの「ゆき」に問いかける。思わず立ち上がっていた。

「え、まさか…おまえも!?」
「博士、落ち着いてください。わたしにそんな機能はありません」

よかった。
また更にさらに余計な改造を施されたかとゲンナリするところだった。
博士は脱力して、また椅子に倒れ込んだ。

「そうだよな、機械に人の『快感』を理解させるのは、かなりな難題だ。技術的にも難しいし、必要があるとも思えない」
「はい。わたし達に『欲望』があってはなりません。何が起きるかわかりませんから」

「ゆき」はどこまでも冷静だ。
アンドロイドをどこまで人に近づけるか、それは永遠の課題であった。欲望は破壊行動に繋がりかねない。

「じゃあなぜ、こいつは気持ちよく感じるんだ…?」

腑に落ちない様子で、博士はにのをジロジロ眺める。移植手術の影響で、妄想や暴走、何かしらの症状が出てしまっているのか。
それとも、環境の激変に精神に影響が出ているのか…。博士は考え込む。すると、

「博士。それは『愛』です。『人の愛』のおかげです!」

突然、「ゆき」が力強く断言した。
心なしか、アバターのゆきの目がキラキラしているように見える。

「…ええ?愛って、おまえ」
「ニノさまはマサキさまの愛の力で、この越えられない障害をも越えたのです」

先ほどまで理路整然としていた「ゆき」が、急に怪しい宗教家のような発言をしだして、博士は目を白黒させた。

「え〜、ゆっきーは大袈裟だなあ。確かにまーくんの愛は深いけどさ」
「おふたりは心で繋がっているのです!」
「えぇー、俺はただぁ、まーくんのをあーしたりこーしたり…」

にのがもにもに小さな手を動かし始めたところで、博士は爆発した。
用事を言いつけ、にのの腕を掴んで部屋から速攻追い出す。

「とっとと仕事しろ!」

………頭痛がする。
頭を抱えてデスクに戻ると、モニターの中で「ゆき」がきょとんとこちらを見ていた。