にの本人とアンドロイドのにのに翻弄された記憶に、顔を赤くしたり青くしたり一人アタフタしている雅紀をよそに、三浦医師への質問は続いていた。
「これで良いと思ってるんですか」
翔は椅子に座る三浦医師の目の前に立ち、低く唸るようにそう尋ねた。
騙された事より、こんな閉鎖空間にもう半年以上もにのを閉じ込めていたことに腹が立って仕方なかった。にのはとっても寂しがり屋なのに。
「返してください。いや、連れて帰る!」
翔の強い口調に、三浦医師はやっぱり困った顔で「…それは、どうだろうね」と手を擦り合わせた。更に翔が言葉をつごうとした時、
「…帰んない」
にのの声だ。細くて小さい声なのに、妙に響いた。
「なんで!?」
翔と雅紀の声が重なった。
さっきまでのアタフタなど飛んでいってしまった雅紀は、信じられない想いでにのを見た。
人生終了しそうになるくらい落ち込んだんだぞ。にのを失ったのかと絶望しかなかった。
「こんな身体で戻ってなんになるの。何の役にも立たないどころか、迷惑かけるだけじゃん。誰得だ?って話」
「だだ誰得って…何言ってんの、そんな話じゃないでしょ」
「そんな話なの!」
治療とこの部屋の設備にかかる莫大な費用は、大学病院の研究予算だから可能なこと。
動かない身体のケアがとんでもない負担になること。そもそもいつまで生きていられるかもわからない…。
にのは立て続けに話して、苦しそうに肩で息をした。
「俺だって医者だよ、治療もするし、急変したとしてもちゃんと対応する」
「…翔ちゃんの腕は信用してるよ」
「心配すんな!金なら俺たちがバンバン稼いでやらぁ!!」
それまで黙っていた智が、鼻息荒く話に割って入った。潤も「そうだそうだ」と同調する。裏稼業で荒稼ぎする気満々なようだ。
みんなの声に、にのは耳を赤くした。けれど、
「アンドロイド操作するなら、ここでもどこでも一緒だよ。戻る必要ない」
と、素っ気ない。
「そんな事言うなよ。仲間だろ、また一緒にやって行こうぜ」
「なんでいっつもリーダーはのーてんきなの?そんな簡単じゃないんだって。俺の身体、動かないんだよ。それこそ、う〇こだって自力じゃ出せないんだからっ」
最後のほうは半ば悲鳴に近かった。
予想を超える現実に、みな一瞬押し黙る。もちろんそのために、にのはわざと言ったのだろう。
「俺が嫌なの!」
にのは涙目になった。
「本当はこんな姿、見られたくなかった…」
しんと部屋が静まり返る。
雅紀も言葉を失い、涙が頬をつたった。
「だから俺が自由にしてやると言っている」
そう言い放ったのは本郷博士だった。