「…………遅い」
まもなく夕暮れ。
いつもならよい匂いが漂っているはずの台所は、火の気もなく暗く沈んでいる。
雅紀はもうずっと落ち着かず、うろうろと家の中を行ったり来たりしていた。
時計を見、窓から外を眺め、ケータイを何度も確認する。なんの連絡もないなんてあるだろうか?メールにも電話にも反応がない。
「リーダーに電話するか…」
本当はもっと早く電話したかったのだが、それだとあまりに過保護にしているみたいで躊躇してしまったのだ。なにしろ相手はアンドロイド、幼子ではないのだから。拐われる心配をするより、誘拐犯の身を心配するべきだろう。
「お〜、雅紀か。この前の餃子美味かったなぁ。また作ってくれよな」
電話の向こうの智は、いつも通りふわふわ笑っている。雅紀は少しホッとしてにのの所在を確かめた。
「え?にのなら昼過ぎに帰ったぞ。まだ帰ってないんか?買い物でもしてんのかな」
智の返事に時間が止まる。
全身の血が足の裏から流れ出た気がした。心臓の拍動だけが妙に耳に響いた。
「雅紀?おーい…」
雅紀は弾かれたように走り出した。診療所に繋がる廊下を駆け抜ける。足が震えてもつれそうだ。大きな音をたててドアを開けた。
「翔ちゃん!!」
「うおっ!」
パソコンで患者のデータを整理していた翔が、驚いて椅子から半分腰を浮かせた。
「どうしたどうした」と慌てる翔に、アンドロイドのにのと連絡がつかない事を説明する。さっき足から流れ出たはずの血が、今度は頭で沸騰するように感じた。
「落ち着け、大丈夫だ。こんな時のためにGPSがあるんだから」
翔は使っていたパソコンで調べ始めた。
持たせているケータイは電源が切られている事がわかって、雅紀の顔色がますます悪くなる。
「どうしよう、どうしよう翔ちゃん」
「待てまて、シリアルナンバーを入れればわかるようになってるから!」
にのは人気の高級アンドロイド「白雪」である。盗難防止のため、持ち主は自分のアンドロイドのシリアルナンバーを検索すれば、居場所を確かめる事ができるようになっているという。
ナンバーを打ち込んだ翔の手が止まる。
そして、またナンバーを打ち込む…というのを何度か繰り返した。
雅紀は焦れて思わず声をかけた。
「翔ちゃん?どうしたの!?」
翔の大きな目は画面に釘付けだ。ようやく言葉がこぼれ出た。
「…嘘だろぉ?」