あの日以来、夢に出てくるにのは、いつも切り取られた写真のように動きがなく、近づこうとするとその分だけ遠ざかる…そんな切ないことが多い。追いかけ続けて目が覚めることもしばしばだ。だから本当は夢など見ないで眠りたい。
しかし、今日の夢は違っていた。
にのの方から近づいてきて、更に顔を寄せてくる。戸惑っていると、ちぅとキスされた。
うわっ、どうなってんだ、これ…。
夢の中で「これは夢だ」と自覚する事がたまにあるが、この時がまさにそれで。驚く自分とは別に、冷静に「夢なんだから」と考える自分も存在した。
「にの…」
潤んだ茶色の瞳。間違いなくにのだ。
雅紀はにのを抱き寄せると、その唇を貪った。
夢だから。夢でしかできない。
想像でしかないその唇は、想像以上に甘くて、雅紀は頭がクラクラした。
にのの小さな手が雅紀の頭に触れ、髪の毛を軽く引っ張るようにその指で梳いた…と思ったとたん、
「痛ててててっ!」
本当に髪の毛を引っ張られて、目が覚めた。
目の前のアンドロイドのにののドアップにハッとする。
「ちゅー、長すぎ」
「えっ!?嘘!俺、ホントにしてた!?」
「してた。なんならシャツの中に手を入れられてたし。欲求不満なの?」
なんてこった。
雅紀は耳から蒸気が出そうなくらい赤くなり、「ごめんごめん、ホントごめんっ」と平謝りした。
「まーくんはにののこと、好きなんだ。ただの幼なじみじゃないんだね」
「……俺が一方的に、だけどね」
「片想いなの?」
雅紀はしょんぼりと頷いた。
アンドロイドは「なんで伝えないの?言えばいいじゃん」と小首をかしげる。
「そんな…。言えないよ。気持ち悪いって思われたら最悪だろ、嫌われたら最後、全部終わっちゃう…」
「にのがそう思うと思ってるんだ」
アンドロイドはひょこと身を起こすと、ベッドからおりてしまった。
「まーくんはバカなの?」
振り返りざまに咎めるような視線を送られて、雅紀はわざと「バカじゃねーし!」と、逆上してみせた。そうでもしないと恥ずかしすぎた。
「最初にちゅーしてきたの、そっちだろっ」
けれどにのは、ぷんと頬を膨らませて、「充電切れちゃうー」と部屋から出ていってしまった。
なんだよ、なんだよっ
赤い顔で枕に八つ当たりをした雅紀は、その時閉められたカーテンの隙間から、眩しい朝日がこぼれ落ちているのに気がついた。
朝まで一度も目を覚まさずに眠れたのはいつぶりだろう。
ベッドに座り込んで、さっきまでにのの温もりがあった辺りをそっと手で撫でた。
同時ににのの唇の甘さを思い出し、一人赤面した。もう一度。夢の中でもいいから、もう一度会いたいと切に願う雅紀だった。