カーテンも引きっぱなしの薄暗い部屋。
ほとんどそこが住処となっているくたびれたベッドから、雅紀はようやく顔だけを、戸口に立つ訪問者に向けた。

「…勝手に入ってくんなって」

不機嫌な雅紀の視線の先に立っていた白衣の男、翔はぼりぼりと困り顔で頭を搔いた。

「呼んでんのに返事しないからさ」
「死んだりしないって」
「おまえさぁ、物騒な事言うなよ」

ここは闇医者の翔の診療所。
そもそもゲスト用の(実は患者用)ベッドを友人の雅紀が、もう半年以上占拠している。
表向きはただの普通の住まいだが、表沙汰にできないアレコレをこっそり片付ける場所であり、そしてもちろん毎度の高額請求で日々の糧を得るための場所であった。

「……で、なに?」
「あ!そうそう、やっと手に入ったんだ」

そう言って翔が自分の後ろからソレを引っぱり出した。小さな足音を立て、ソレは雅紀の前に姿を現す。

「人気の『白雪』モデルだぞ!」

ソレは真っ白で黒髪のつるんとした人型アンドロイドだった。白雪姫をイメージにデザインされ、その愛らしさから巷では絶大な人気を誇っており、品薄状態で入手困難な高級品だと言う。小型で翔の胸のあたりくらいの身長しかない。
チラリと見た雅紀は、無言で壁の方へ寝返りを打った。

「よく見ろって、ほら、目が茶色だろ」

反応薄い雅紀に焦れた翔が、ソレを前に押し出し、アピールしだす。

「智くんと潤ががんばってそっくりに作り替えてくれたんだぞ。ほら、よく見て」

智と潤はこの二人とつるんで仕事をしているエンジニアで、且つ趣味で様々な物を作っているクリエイターだ。もちろん違法改造もお手の物。このアンドロイドも非正規ルートで手に入れたに違いない。
必死な翔に肩を掴まれて、雅紀は仕方なくアンドロイドに向き合った。
つるりとした合成樹脂でできた真っ白なボディ。まるで女の子みたいな細い輪郭。作り物にしては柔らかそうな艶やかな黒髪。そして本来黒いはずの瞳が薄いキレイな茶色をしていた。

「にの、そっくりだろ」

そう。姿は確かに似ている。
にの、それは雅紀の最愛の相棒の愛称。
半年前に不慮の事故で空に旅立ってしまった。それ以来雅紀は立ち直れずに、このくたびれたベッドから出られずに居た。

「似ていても、にのじゃない」

思わずイラついた声で吐き捨て、雅紀は手元にあったヨレヨレのタオルケットをソレに乱暴に掛け、姿を隠してしまった。翔はそんな雅紀に眉を下げる。そう言われるのはわかっていた。
しかし、今のこの状況を打開すべく考え出した渾身の最後の手札だったのだ。辛いのは雅紀だけじゃない。
翔は唇を噛んだ。

「まーくん」

突然ソレが声を出した。
ハッと雅紀が息を呑む。翔も驚いてタオルケットの塊を見た。

「まーくん」

もう一度呼ばれ、雅紀は震える手で掛かっているタオルケットをするりと落とした。
茶色の瞳と目が合う。ガラスか何か特殊な樹脂かで出てきているハズの瞳は、不思議な光を宿して静かに見返してくる。

「………にのの声、だ」

とっくに枯れ果てたと思っていた涙が、雅紀の目に勝手に湧き上がった。
たくさん残された留守録の声も、辛すぎて再生出来ずにいたこの半年。それでも鮮明に蘇るにのの記憶。雅紀はベッドの上で固まったまま、ぽろぽろと涙をこぼした。