引き継ぎだなんだと単身赴任先と自宅とを行ったり来たりして、ようやく父さんが帰ってきた。

もう何年ぶりだろう。俺が中学生の頃くらいからだから、四、五年近くほぼ不在だったわけで、毎日家に帰ると父親がいるって、なんだか落ち着かない。母さんと姉ちゃんだけの時は、だいぶ気が緩んでいたんだな。

不要になった家電をいくつかもらって、あの部屋に持ち込んだ。小さい冷蔵庫と洗濯機と電子レンジ。どれも型は古いがキレイだ。案外父さんって几帳面なんだな。
テキトーに買ったカーテン(だから少し下が空いている)と共に部屋に設置してみると、それだけですごく生活感がして胸が高なった。なぁんにもなかった時は、ここだけ別世界みたいだったのが、急に現実世界に根ざした感じ。
そう、これは現実なんだ。
目の前のまーくんを見つめた。
まーくんは、家の押入れに眠っていたミニテーブルを、部屋の真ん中に置こうとギチギチ言わせて脚を広げているところだった。
俺は躊躇なくその背中に飛びついた。

「うわっ、なになに?」

驚いて少し裏返る声。
俺はぎゅうぎゅうしがみつく。

「なぁに、泣いてんの?」
「泣いてないもん」
「ほんとに?顔、見せて」
「やだ」

俺は子泣き爺のように背中から離れない。いや、泣いてないけどね。でもきっと顔が赤いんだ。
まーくんは「はいはい」と笑って、おなかに回した俺の手を撫でてくれた。

「テーブル置いたら、コーヒー淹れてあげるからっ。待ってて」

そうなだめられて、ようやく俺は素直に手を緩めた。頭をわしゃわしゃされる。ホントわんこじゃないんだからさ。
それからまーくんは、持ってきた大きな袋からコーヒーを淹れるための道具を出した。最後に電気でお湯が湧くポットを手にする。

「ガス台まだないし、ガスの開栓もまだだから今日はとりあえずこれでやるね」

かいせん?
俺はその時初めてガスを使うのにも手続きがいるのだと知った。
手際よくコーヒーを淹れるまーくんの横で、俺は大人しくそれを眺めてた。うん、やっぱりわんこかもしれないなと不本意ながらちょっと思ってしまったのだった。

部屋の中にいい香りが漂う。
静かで幸せな昼下がり。