結局、母さんにこれからの事を伝えられず、モヤモヤしたまま数日過ごした。

虫垂炎だったえりかちゃんが無事に退院し、そのお祝いを持っていくのと、マスターにいろいろ相談したいのとで、まーくんがバイトの日に喫茶店に向かった。

お祝いはぬいぐるみ。真っ白で耳が長いふわふわわんこ。なんでもこの耳で飛べるんだって。そんな象さんいたよな。ダンボだっけ。
それにしてもぬいぐるみって高いんだな!びっくりした。まーくんと半分ずつ出し合ってもそこそこの大きさになっちゃった。もっとでっかいのをプレゼントしたかったなあ。

いつも通りマスターが笑顔で迎えてくれた。
コーヒーのいい香りがして、気分がゆるゆるになる。ここんとこ気持ちが落ち着かなかったから、ホッとするなあ。
マスターにも緊張せずに相談できそう。

と、そこに二階からせいさんが階段を降りてきた。お店のエプロンをつけている。

「あれ?今日も美容院お休みしたの?」

カウンターに入ったまーくんが、ちょっと驚いている。
えりかちゃんが退院してしばらくは、美容師の仕事をお休みしていたらしいんだけど、もう元気に学校に行っているんだし、復帰していると思っていたんだって。

「なんかねぇ…、えりかのこと、もっとちゃんと見てなきゃって思ったんだよね」

えりかちゃんの異変にいち早く気づくべきだったと、せいさんは後悔してるみたいだった。
マスターは呆れ顔でため息をついた。

「だーかーら!おまえはいちいち大袈裟なんだよ。えりかは元気になったんだし、おまえのせいじゃないと言ってるだろう」
「なんだよ、ヒデだって手術前はあんなにオタオタしてたくせに。喉元過ぎればなんとやらなの?バカなの?もう歳だからって忘れるの、早すぎでしょ!」
「おまえだって同い年じゃないか」

カウンターの中で始まる小競り合いに、まーくんが「まぁまぁ」と慣れた様子で割って入る。
マスターとせいさんは恋人同士だけど、普段はただの幼なじみにしか見えない。いや、長年連れ添った夫婦にも見えなくもないか。


それからえりかちゃんが学童から帰ってくるまでの間、スキを見てはマスターとせいさんに、俺たちのこれからについて話を聞いてもらった。
せいさんはお皿をふきふき、「二人で暮らすなんて最高じゃない!」と喜んでくれた。

「でも、遠い大学に通ってる訳でもないのにアパート借りるとか、二人で住むとか、なんか言い出しにくくて」
「二人のご両親はあんた達の仲を知ってるの?」
「それはまだ…」

俺はまーくんの顔をチラリと見上げた。
まーくんも片頬を上げ苦笑い。
そんな簡単に言えないよ。
そもそも言うべきなのかもわからない。
いつも思うんだ。
黙っている事と嘘をつくことは同じなのか。

俺は俯いてコーヒーを一口飲んだ。
もう冷めていたけど、それでもとてもおいしかった。