不機嫌の塊が近づいてくる。
おどろおどろしいオーラが今にも見えそう。
ここのお医者さんも看護師さんもみんな当たりが柔らかくて親切なのに、病院長の息子がこんなに愛想悪いってどういうことなんだ。

「あ、えと、ありがとね本郷!」

俺はまーくんの背中から顔をのぞかせて、とにもかくにもお礼を言った。もちろんニッコリ笑顔も忘れない。
本郷は切れ長の三白眼を少し細めて、俺とまーくんが二人でひとつの影を作っている様子に、ますます不機嫌そうに眉をひそめた。今度こそ紫色のオーラがとぐろを巻くのがハッキリ見える。

「いつもいつも都合がつくわけじゃないんだぞ。当てにされても困る。だいたいおまえは…」

うわぁ、怖いこわい。
俺は慌てて言葉をかぶせた。

「だって、俺、本郷のことしか思いつかなかったんだもん。気がついたら電話しちゃってたの、ごめんね」

そう言ったら、まだまだ言い足りなそうだった本郷が急に口ごもり、しばらく黙ったのち、ふいと目を逸らした。
そして、「……親父に伝えておく」とだけ言い残して、エレベーターに乗って行ってしまった。

「うわぁ、怒らせちゃったかなあ」
「…にのちゃん」
「へ?」

え、なに。なんで「にのちゃん」呼び??
こいつが「にのちゃん」呼びする時はロクなことがないんだけど。
俺はきょとんとまーくんを見上げた。

「だから、それ!いや、それも!」
「それ?それってどれ??」

まーくんが「だあぁー!」と頭を掻きむしってから、俺の肩を掴んで正面から向き合う。

「そんな顔しないの!首も傾げないっ」
「はあ?」
「もぉー、ほんとそーゆーとこだよ!だから俺もついてきたのっ、絶対あいつに会うと思ったからさあ」

意味がわかんない。
俺はホントの事言ったんだし、本郷にお願いしたんだから、お礼を言うの当たり前じゃない?

そんな俺に、まーくんは深ぁぁいため息をついて、俺の手を握ると待合室の長椅子に引っ張っていった。そして、有無を言わさず座らせる。
薄暗い待合室で、俺はまーくんと向かい合った。