えりかちゃんはやっぱり虫垂炎だった。
かなり腫れているらしく、そのまま抗生剤を点滴しながら明日の午前中に手術することになった。既に予定されている他の手術の合間に入れてもらうため、はっきりした時間はわからないという。
「今のところ、10時頃の予定です」
担当医にそう言われたマスターは、「手術」という言葉にオロオロし、でも痛がってたえりかちゃんが心配で、少しでも早くお願いしたいと必死な形相で食い下がっている。
当の本人のえりかちゃんは、薬が効いてきたのか、処置室のベッドでうとうとしていた。
「マスター、落ち着いて」
ベッドに齧りつき娘の寝顔を凝視しているマスターの背中をまーくんがそっと撫でた。
「ここの先生、すごい評判いいから大丈夫だよ。俺も小さい頃ここで手術したことあるけど、今もめっちゃ調子いいよ!」
「君も?ここで?」
「そー。鎖骨折っちゃって」
そうだった。
幼稚園で本郷とケンカして骨を折ったんだった。その時俺はショックで寝込んだあげく、記憶を無くしちゃってたからお見舞いにも来てない。
「マスターだってここで手の傷縫ってもらったんでしょ?」
「そう…、若い先生だったけど上手だったな。対応もよかった」
「だから大丈夫!」
マスターはようやく息を吐いて、ベッド横の丸椅子に腰をおろした。それを見て、俺たちは飲み物でも買おうと待合室のほうに向かった。
「マスター、テンパってたなぁ」
「まーくんって、本郷のお父さんに手術してもらったんだっけ」
「そうそう。腕がいいって有名らしいよ」
「へ〜」
えりかちゃんも本郷のお父さんにしてもらえないかな?本郷にたのんでみるか。
俺はそっとポケットのスマホに触れた。
「おい」
時間外で薄暗い待合室に低い声が響いた。
びっくりした俺は、思わずまーくんの腕にしがみつく。まーくんはとっさに俺を自分の背中に隠すような動きをした。
「おまえ、俺のこと便利屋かなんかと思ってないか」
受付の灯りの輪に入ってきたのは、超絶不機嫌な顔をした本郷だった。