やめとけって心のどこかから声が響く。
いいのか、俺。ここから先後戻りできなくなるぞ。
でも俺の視線は、さくらんぼみたいなかずくんの唇にくぎ付けのまま。
幼稚園の頃触れた感触がよみがえる。
柔らかくて、涙の味がした。
ダメだ止められない…と、そのままのしかかろうとした時、かずくんの目がうるうる真っ赤になった。

「まーくん、ちゅーしたことあるんだ!?」

涙を滲ませて、かずくんが高い声をあげた。
えええ、なんでかずくん泣いてんの。
まーくんって呼んでくれたから、うれしくて泣くのは俺のほうだよ?

「誰と?ねぇ、いつ?俺なんも聞いてない」

早口でまくし立てながら飛び起きて、びっくりしてる俺の胸ぐら掴む勢いで質問攻めにしてくる。
覚えてないかずくんに、幼稚園児とキスしたとは言いにくい。現に当時「気持ち悪い」とかずくんをいじめてたヤツに言われたし。
ドン引きされるのだけは避けたい。
口ごもる俺を前に、かずくんの早口が止まらない。

「誰かと付き合った事あったっけ?もぉーなにぃ?今付き合ってるとかなの?」
「付き合ってるのはかずくんでしょ!」

落ち着かせたくてそう言ったら、かずくんの動きがぴたりと止まった。我に返った模様。

「……そ、か。そだね」

逆に俺を押し倒さんばかりの勢いだったのが、ぽすんとベッドに座り込んだ。力の抜けた腕が、ゆるく俺の腕に引っかかっている。

「相葉くんが変なこと言うから、俺までヘンになったじゃん」

むくれてぶつぶつ文句を言う。
ええ?俺のせい?相葉くんに戻ってるし。
なんでだよと言いたいところだけど、かずくんと黒木華の関係が、まだそーゆー段階ではないという事だけはわかったから、それでもういいや。

「ごめんごめん」

ホッとして頭をぽんぽんしてあげる。赤い顔のかずくんは「二回繰り返すの、信用出来ないっつーの」って、照れ隠しなのかそっぽを向いた。
そして小さな声で言った。

「てかさぁ、他人と口をくっつけるって…なんかヤじゃない?」

げげっ……あぶなかった!
キスしなくてよかった。
それこそドン引き案件じゃん。

かずくんはまだ少し幼いのかもしれない。
バスケ部の仲間と一緒にエロビデオ観るとか、エロ本見たりする時、赤くなったり、照れたり、そこそこ反応あるけどさ。まだガッツリって感じじゃないもんな。
黒木華が「男臭くない」って言うわけだ。

これで黒木華と付き合って目覚めちゃったらどうしよう。いや、でも普通そうなるよな。
そもそもそれが当たり前。
男とか女とか関係なく、ただかずくんが好きな俺のほうがきっと変わってるんだ。

俺はまた、ぐるぐる不毛の渦巻きに囚われた。