そのまま夏休みに入ってしまった。
まだクレヨンは渡せてない。
あんまり箱が傷みそうだから、もう幼稚園カバンにも入れていなかった。
幼稚園を移ってから、毎日課題や習い事に忙しく、お母さんに送り迎えしてもらい、ねえやの作ったキレイなお弁当を食べる。そんな年少の頃と変わらない毎日を過ごしていると、さくら組でのことがなんだか夢だったような気がしてくる。
しろい小さな手をひらひらさせるかずくんも
ひよこのフリしてかずくんにキスする黒目も
ほんとに居たんだろうか。
夏休みで少し時間ができた僕は、ふとそんなことを考える。
いや、あの「階段ゴロゴロ事件」(←僕が命名した)がある限り、夢なわけがない。
お父さんの話では、まだ黒目の中に金属の棒は入ったままで、次の手術は夏休みの終わり辺りらしい。
一度病院の中で、黒目に謝りに行った。黒目は腕を固められて不機嫌そうだった。
その痛々しい姿を見ると、心臓がキュッとなって僕は大人しく頭を下げた。
けど、最後に無言でにらんでやった。
(あの子に変なことすんなよ)
と、心の中でガンつける。
ケガさせたことと、それとは別だからな。
黒目も目をそらさない。火花が散った気がする。
ムカついた。
それっきり、黒目にもかずくんにも会っていない。
もう二度と会うことはないのかもしれない。
忙しい日々の中、ゆっくり薄らいでいく記憶に僕は戸惑っていた。
そんなある日、僕はかずくんに出会う。
毎年夏休みには、一週間くらいおばあちゃん家に遊びに行くことになっていた。おばあちゃんといっても、お母さんのお母さんのほうだ。
ウキウキしてるお母さんの運転で駅前に差しかかった時、ちょうど赤信号に引っかかった。
「あ」
ぼんやり外を見ていた僕は、歩道を歩いているかずくんを発見した。
あのふわふわしたお母さんと手を繋ぐかずくんは、麦わら帽子にちょっと裾の長いしろいシャツを着て、赤いサンダルを履いていた。
背中にはドラえもんのリュック。
あぁ、かずくんだ。
「なぁに?なにか言った?」
お母さんに聞かれたが答えなかった。
僕は窓に張りついてその姿を見つめた。