教室の外に黄色のクレヨンが転がっていた。緑はどこだ?僕は焦って置いてあったバケツやなんかをひっくり返した。
僕がクレヨンを持っていたから。早くあの子に返していたらよかったのに。なんで僕はあの子から取り上げて見てしまったんだろう。
「あった!」
ようやく見つけて教室に戻ると、今度はかずくんの姿が見えない。女の子たちが暴れん坊の悪さを先生に訴える中、僕はハッとする。
そうか、黒目のところに行ったんだ。
二階からは歌声が聞こえていた。年長組がなにか練習しているらしい。僕は黄色と緑のクレヨンを握りしめて階段を駆け上がった。
チラリと覗いたほし組には二人の姿はなかった。
そっと後ずさりして、隣の小さなホールの入口に片足を踏み込んだ時、中から声がするのに気がついた。黒目の声だ。
そこは行事の時使うホールで、普段は誰もいない。半分しめられたカーテンで薄暗かった。
僕はそっと中をうかがった。
かずくんは座り込んで鼻をすすっていた。泣き声はしないがたぶん泣いているんだ。
同じく座り込んでいる黒目との間にクレヨンの箱が置かれており、必死になだめている様子。
ふと静かになって僕は覗き込んだ。
「かずくん、俺のお嫁さんになる?」
なんだって?およめさん?
更に身を乗り出した時だった。
あいつがかずくんに顔をよせたと思ったら、かずくんの口に自分の口をくっつけた。
なんだ、なんだ今のは!?
なにしてんだあいつ!
さっきまでは氷の冷たさだった身体の奥から熱いマグマが噴き上がる。一気に頭に血が上った。
僕だってさすがに知っている。
今の行為がなにか。なにを意味するか。
でもそれは、大人がすることだろ。なんでおまえがあの子にするんだ。
ここは幼稚園。
まだピヨピヨ言ってるひよこばっかりいる場所のはず。なのに、混ざってる。ひよこではないナニカ。
本来いるはずのない、いてはいけないナニカ。
あいつはなんだ。なんなんだよ。
怒りで爆発しそうな頭の中に、わけのわからない恐怖のような感情が入り交じる。
たまらず、ホールの中に飛び込んだ。
「おま、おまえっ!なにしてんだよ!?」
そこから先は記憶が曖昧だ。
黒目と掴み合いのケンカになったのは間違いない。だってあいつはおかしい、おかしいだろ!?
「気持ち悪いんだよっ」と叫んだと思う。
そして勢いあまって蹴ったら、急に黒目の姿が消えたのは覚えている。消えたように見えたのは、あいつが階段を転げ落ちたからだった。
「まーくん!まーくんが死んじゃう!」
かずくんが狂ったように泣き叫んでいた。
その声と、階段下に倒れている黒目の頭から血が出ている光景だけは記憶に鮮明に残っている。
そこから先はぼんやりとしか思い出せない。
階段の途中で固まった僕の頭の中で、いつまでもかずくんの悲鳴が響いていた。