梅雨らしいジトジトした雨が降っていた。
外で遊べないから自由時間の教室は騒がしく、あちこちで小競り合いが起きていた。
あぁうるさい。早く梅雨なんか終わればいい。
僕はお道具入れから読みかけの本を出していた。
気がつくと隣でかずくんが、やっぱりお道具入れからなにかゴソゴソ出している。
珍しいな。
この頃は僕のこと警戒して近づいて来ないのに。
気になって見ていると、こちらを向いたかずくんと目が合った。キレイなコハク色の瞳がキラキラしていて、僕は鼓動が速くなる。
かずくんはなにか言いたげで、わんこみたいな口がむぐむぐしてる。
「……なんだよ?」
ぶっきらぼうに聞いたら、かずくんの目が輝いてほっぺたが紅くなった。
「あのね、これね、お姉ちゃんにもらったの!」
かずくんの手には真新しいクレヨンの箱。
これまでおさがりのチビたクレヨンを使っていたことを思い出す。
「これねぇ、僕のお誕生日にぃ、お姉ちゃんのお小遣いで買ってくれたんだよ」
「だいぶボロだったからな」
見たままの感想を言ったんだが、かずくんはちょっと口を尖らせた。でも目は笑っている。
「あれも使うもん。これは大事にしまっとく!」
「使ったほうが喜ぶぞ」
「え〜?そうなのぉ?」
お姉ちゃんが一本一本シールを貼ってくれたと嬉しそうに言うから、僕はちょっと興味を持って、かずくんの手からひょいとクレヨンの箱をとった。
「あ」という小さい声がかずくんの口から漏れた。
フタを開けると、全部のクレヨンに可愛いペンギンのシールが丁寧に貼られていた。そういえばこの子のスモックにもペンギンのアップリケがついていたっけ。
「ピカピカだな」
「うん!」
僕にまで見てせくれた位だ、よっぽど嬉しいんだろう。まぁ、しまっておいてもいいのかもしれない。
僕はフタを閉めて返そうとした。
その時。
背中に激しい衝撃を受けた。
「うっわ……」
僕はよろめいて転びそうになる。
手にあったクレヨンの箱が宙に浮き、お道具入れにぶつかってパーンと音をたてた。
「あっ…」
僕の声とかずくんの声が重なる。
箱から飛び出したクレヨンが床に叩きつけられ、教室のあちこちに飛んでいった。
なんだ、なにが起こったんだ!?
振り向くといつもの暴れん坊コンビが、僕のすぐ後ろでケンカしていた。更に押されて僕はつんのめり、二三歩踏み出した先にクレヨンの箱のフタが落ちているのが見えたが、もう止まれない。
僕の足の下で、イヤな音をたててフタが潰れてしまった。
どうしようどうしようどうしよう
僕はパニックになった。
まるで大きな氷の塊でも飲み込んだみたいに、お腹のそこが冷える。飲み込みきれない氷が喉に詰まっているのか声が出ない。
動けないでいる僕の足元に小さな手が伸びてきて、必死に折れた赤いクレヨンを掴んだ。
かずくんだ。
かずくんが真っ青な顔でクレヨンを拾っている。
僕は急激に怒りが込み上げ、暴れている二人に向き直り「やめろっ!」と力いっぱい突き飛ばした。
そしてかずくんと一緒にクレヨンを拾った。
周りにいた子達も拾ってくれた。
でも黄色と緑のクレヨンが見つからない。教室の外まで飛んでいったのか?
僕は夢中で教室を飛び出した。